みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
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喉が渇く。
口の中はカラカラで、埃っぽい風のせいでマントで顔を覆わなくてはならなかった。
そこかしこで響く怒声、罵声、金属音、爆発音、そして悲鳴。
人間の腕が飛ぶ。
大地は血で真っ赤に染まり、雨のように血飛沫が舞う。
−ここは戦場なのだ。
私は自分に言い聞かせながら、両部隊の戦闘区域を遠巻きに迂回して小高い丘に登った。
ここからなら戦場が一望できる。
私の後を長身で白髪の男がついてくる。
キリング・ミーヒルビス。
この戦いを仕掛けた張本人だ。
「何が見えますか、サリシュアン」
彼の声は低く落ち着いていて、心の中まで入ってきそうな迫力がある。
私は努めて感情を殺しながら答えた。
「いつも通りの戦場だわ」
彼は私の答えに満足したように微笑むと、光を失って久しい目でこちらを見た。
「そろそろ決着がつく頃でしょう。ドルファンが撤退を始めたようですね」
私は再び戦場に視線を落とした。
確かに蒼い鎧と水色の軍旗を翻したドルファン軍は、徐々に後退を始めている。
そんな中で、敵国であるプロキア国軍の中から一人の騎士が飛び出した。
そして、ここまで届くほどの澄んだ声で高らかに名乗りを上げているのが見えた。
「我こそはヴァルファバラハリアン八騎将が一人、疾風のネクセラリアなり!
ドルファンの犬ども!オレと一騎打ちをしようって奴はいないのか!」
「あれは…セイル。セイル・ネクセラリアだわ」
私の言葉にミーヒルビスは珍しく顔をしかめた。
「ネクセラリアが動いたと?それは私の指示ではありませんね」
名乗りを上げたセイルの前に、ドルファン国軍の騎士が一人立ちふさがった。
彼もまた高く響く声で名乗りを上げた。
「ネクセラリア!オレだ、ヤング・マジョラムだ。オレが相手だ!」
ヤング・マジョラムの名は聞いた事があった。
以前ハンガリアの狼と言われた、高名な剣士だ。
まさかドルファンにいたとは。
両軍は彼ら二人を取り巻くように遠巻きに睨み合った。
その真ん中で、疾風のネクセラリアとハンガリアの狼は数回打ち合った。
ヤングの剣が煌き、セイルの槍が風を斬る。
金属の無機質な音が響く中、鋭い気合の声と共にセイルの槍が深々とヤングの腹部を貫いた。
ヤングはゆっくりと膝から崩れ落ちた。
プロキア国軍から一斉に歓声が上がった。
と、その時一気に士気の下がったドルファン国軍の中から一人の騎士が進み出た。
そしてセイルの前に立つと、彼を睨み付け、剣を抜いた。
一瞬にして戦場が静まり返った。
「サリシュアン、何が起きたのです」
ミーヒルビスは事態が把握できず、私に声をかけた。
私はその男を出来る限り観察し、答えた。
「セイルの前に男が立ちはだかっているわ。黒髪の…そう、東洋人のようね」
セイルは何か言った後に、その東洋人に必殺の一撃を繰り出した。
東洋人はそれを弾いた。
そこにいた誰もが驚きの声を上げた。
ヴァルファバラハリアン八騎将の一人、疾風のネクセラリアの槍を防ぐ事は、それだけの事なのだ。
セイルの怒りの声が響いた。
しかし、次の瞬間。
東洋人の剣が閃いた。
まるでスローモーションのようにゆっくりと倒れたセイル。
「そんな…」
私は信じられず思わず言葉を漏らした。
誰かが声を上げたのをきっかけに、戦場はまた叫び声の嵐に包まれた。
誰もがその光景に興奮し、猛っていた。
指揮官を失ったプロキア国軍は一旦退却を始め、余力の無いドルファン軍もここぞとばかりに後退を始めた。
その様子を私は、半ば呆然と眺めていた。
「サリシュアン」
ミーヒルビスの声に、私はハッと我に返った。
「何」
「ネクセラリアは敗れました。これで八騎将も一人欠けたわけです」
「そうね」
「軍団長からの指示は覚えていますね」
私はふっとため息をついてみせた。
「覚えているわ」
「いいでしょう。それでは、これより任務を開始してください。それともう一つ」
私は黙って後を待った。
「セイルを破ったあの東洋人、少し気になります」
「わかったわ」
「くれぐれもお気をつけください…ライズ様」
「任務中よ。その名前は呼ばないで」
私はそう答えると、ミーヒルビスに背を向けて歩き出した。
ミーヒルビスはしばらく私の背中を眺めていたが、やがて私とは反対の方向へ歩き始めた。
ドルファン王国首都へは、一日ほどかかるだろう。
これから私の戦争が始まる。
水筒の水を口に含み、吐き捨てた。
口の中の渇きは取れたが、胸の辺りがヒリヒリと痛んだ。
セイル・ネクセラリアの死に様が、目を閉じる度にまぶたの裏によみがえった。
あの東洋人の顔は忘れない。
私は強い風に目を細めながら、歩き続けた。
To be continued
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