みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 強引に私を誘ったプリシラ・ドルファンはすぐに行動に移った。
 中央公園前で流しの馬車を拾うと、すかさずカミツレ高原駅を目指して移動を開始。
 その行動力には流石の私も若干だが感服しそうになった。
 私は公共の移動手段である馬車を使うのは気が引けた。
 仮にも王女であるプリシラが、こんなにも堂々と街にいるのが不思議だった。
 馬車の御者は別段いぶかしむ事も無く乗せてくれ、カミツレ高原駅まで馬を走らせ始めた。
 私とプリシラは向かい合って座り、彼女は楽しそうに流れてゆく街並みを見ていた。
 本当にこの女が憎きプリシラ・ドルファンなのだろうか。
 確かに天真爛漫で、わがまま三昧といった王女様らしい言動は目につく。
 だが、こうして楽しそうに馬車の窓から風景を眺めている姿は、ソフィアやハンナと何も変わらないただの少女だ。
 「ねえ!」
 プリシラは不意に車窓から私に視線を移すと、よく通る声で言った。
 「ライズはドルファンの人?それとも異国の人?」
 「スィーズランドの出身よ」
 「スィーズランド!行った事は無いけれど、素敵な国だよね!とても美しい国だと本で読んだわ」
 「そうね」
 私は必要最低限の言葉で応えた。
 仇敵と言葉を一言交わすだけで、私の怒りは、憎しみは増す一方だ。
 衝動的に殺しかねない自分を、必死で抑えていた。
 しかしプリシラは私の感情などまるで意にも介さず、無邪気に続けた。
 「ドルファンとどっちが美しい?自慢じゃないけれど、私のドルファンだってなかなかのものじゃない?」
 私のドルファン。
 その言葉に武者震いが起きた。
 もともとは人から奪い取った王位の分際で、この女は何を勘違いしているのか。
 だが、今はそれでいい。
 確かにプリシラ・ドルファンの父王、デュラン国王の国に間違いは無い。
 それにこの国に忍び込んで一年以上が経つが、確かに美しい王国ではある。
 文化レベルはスィーズランドには及ばないが、良く統治された平凡な田舎の王国だ。
 「スィーズランドにはスィーズランドの、ドルファンにはドルファンの美しさがあるわ」
 私の言葉にプリシラは意外そうな顔をしたものの、まるで太陽のように明るい笑顔で言った。
 「ありがとう!外国の人にも気に入ってもらえて、すっごく嬉しいわ!」
 その笑顔に、私はさっきまでの疑心が晴れていくのを感じた。
 これが王女なのだろう、と。
 この屈託の無い明るい笑顔、自信と気品に溢れ、国を愛する笑顔。
 これこそが一国の王女なのだろう。
 比べるのはおこがましいが、やはりソフィアやハンナには無いカリスマのような物を彼女は持っている。
 
 馬車はスムーズにカミツレ高原駅に到着した。
 駅舎には多くの家族連れがおり、売店で弁当や飲み物を買っていた。
 「みんなピクニックかしら。ちょうど良い陽気だもんね、高原で寝転がりお弁当を…素敵ね!」
 プリシラはそんな人々を見渡し、満足げに頷いた。
 「ねえライズ、牧場はどっちかしら」
 私は案内板を見つつ、位置を確認した。
 「あちらね」
 私が指差した方向は、なぜか大いに盛り上がる人山があった。
 「わあ、何かあるのかな」
 プリシラが嬉々として人山に向かって走り出した。
 ここからでは多くの人によってその向こうで何をやっているかは見えない。
 私も後に続いて歩き出したとき、人並みの上に数本のナイフが飛び交うのを見た。
 そして人々の歓声。
 つい最近、こんな光景を見た気がしていた。
 「ライズ!こっち、こっち!」
 プリシラが人々の間を強引に割って入り、私を手招きした。
 人垣をかき分けて中を見ると、そこには一人のピエロがいた。
 4本のナイフを器用に操りジャグリングを披露していたのは、かの怪しいシベリアのサーカス団のピエロ、バリアニコフであった。
 相変わらず笑顔の貼りついた気味の悪い仮面をしていた。
 私は咄嗟に件の女剣士、エレーナ・ロストワの姿を探した。
 ここからでは確認できないが、50メートルほど先にもう一つの人山が出来ているところを見ると、もしかしたらそこにいるのかも知れない。
 バリアニコフは高度なジャグリングを披露し終えると、深く頭を下げた。
 周りの人々が一斉に拍手を送り、歓声が巻き起こった。
 隣のプリシラも例に漏れず、割れんばかりの歓声を送っていた。
 「すごい!あたしピエロの演技って初めてみたわ!」
 興奮するプリシラに、私は一種の疑問を感じていた。
 プリシラはこのピエロを初めて見たようだ。
 だが、このピエロは以前私をプリシラと見間違えた事がある。
 これは何を意味するのか。
 その時、ピエロが頭をあげた。
 そして私たちの方を見て、明らかに一瞬動きが止まった。
 プリシラは無邪気にはしゃいでいる。
 バリアニコフはすぐにもう一度大きく御辞儀をすると、声も高らかに叫んだ。
 「お集まりの皆様、ありがとうございます。さあ、次は誰かに協力をしてもらいたいと思います」
 そう言って彼は足元の袋から大きな布を取り出した。
 「さあ、勇気ある挑戦者を探しております。これから観客の皆様にご協力をいただきたいと思います。どここに取り出しました魔法の布によって、お一人様を魔法のように消してみせましょう!さあ、どなたかチャレンジして見ませんか!?」
 観客はざわざわとしていたが、誰も立候補はしなかった。
 無理もない。これはサーカスではなく奇術だし、奇術はドルファンの人々にとってはまるで知名度がない。
 バリアニコフは観客を見渡し、コミカルな動きで布をはためかせながら言った。
 「おや、どなたも挑戦しないようですね。では、私が指名させていただきましょう」
 その言葉に、私の中の何かが弾けるように騒ぎ出した。
 警戒しなければいけない。何かよくない事が起きそうな予感。
 敵地に忍び込み、数々の死線を潜り抜けてきた自分の中の第六感のようなものが、警鐘をならしている。
 バリアニコフはゆったりとした動きで観客を見て回った。
 だが私には誰を選ぶかなど解りきっていた。
 気がつくと私はプリシラの手を握っていた。
 「ライズ?」
 プリシラがこちらを見る。
 私は低い声で言った。
 「走るわよ」
 「え?」
 バリアニコフが私たちの前で動きを止めた。
 そしてプリシラに向けて手を差し出した。
 「美しいお嬢さん、あなたにお願いしましょう」
 その瞬間、私はプリシラを引っ張り走り出した。
 「ちょ、ちょっとライズ!」
 プリシラはなかなか運動神経が良いようで、二、三歩よろめいたが、すぐに私に手をとられながら走り出した。
 「エレーナ!」
 後でバリアニコフの声が響いた。
 嫌な名前を叫んだものだ。
 「ライズ、ねえライズってば!!」
 プリシラも負けずに私の名前を呼んだが、私はそれを無視して牧場とは反対のレリックス駅の方向へ走っていた。
 
 
 
 
 To be continued



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