みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 彼女は一瞬びっくりとしたが、すぐに極上の笑顔で言った。
 「な、何を仰っているのかしら。あたしがプリシラ王女な訳、ないでしょ!」
 私が去年のクリスマスに行きたくも無いパーティーに潜り込み、踊りたくも無いワルツを踊ってまで見たプリシラ・ドルファンの姿は目に焼きついている。
 憎んでも憎みきれない、殺したくて殺したくて仕方の無いこの女の顔を私が見間違える筈がない。
 私は受け取ったダリアの花を放り捨てると、笑顔を浮かべるプリシラ王女を睨みつけた。
 「見間違えでも言い間違えでもないわ、王女。あなたはプリシラ・ドルファン。他の誰でもない」
 彼女は私の言葉に諦めたように大きなため息をついた。
 このような場所に一国の王女がいるとは考えづらいが、いるのだから仕方がない。
 逆に私にしてみれば願ってもいないチャンスだ。
 人気も無く、誰かに見咎められる心配も無い場所で、世界で一番憎い一族に出会ったのだ。
 プリシラはさっきまでの上品な物腰とはうって変わり、大きく足を投げ出した。
 「はあー、ばれちゃった?それで、あなたは何なの?お城の関係者?」
 その質問に私は心の底からの皮肉をこめて答えた。
 「関係者…かもしれないわ。あなたの遠い親戚…とでも言っておこうかしら」
 「親戚?あなたとあたしが」
 「そう」
 私の言葉にプリシラは弾けるように明るく笑った。
 「グッド!今のジョーク、なかなかグッドよ。あなた面白いわね、あたしが王女だってわかってもそのジョーク!」
 何を勘違いしているのか、彼女はケタケタと笑っている。
 私はすぐにでも息の根を止めたくて、それどころではなかった。
 幸いにして私のバックの中には常に携帯しているダガーナイフがある。
 一撃で仕留める。
 私はプリシラが気付かぬようにそっとバックに手をいれ、ダガーの柄に手をかけた。

 その時。
 
 運悪くフラワーガーデンのこの一角に、新たな来訪者が現れた。
 こざっぱりとしたスーツを着た老紳士と、清潔感のある白髪の女性の夫婦であった。
 老夫婦は花の中に腰掛けたプリシラを見て、軽く微笑んで会釈をした。
 プリシラは笑顔で手を振ると、楽しげに私を見た。
 「ね、あなた名前は?あたしの名前…はもう知ってるよね」
 今度は私が一瞬声に詰まる番だった。
 何を名乗ればいい?
 私の本名か?
 いや、いつも通り名乗ればいいはずだ。
 「ライズ。ライズ・ハイマーよ」
 王女を殺す女の名前だ。
 「ライズ!素敵な名前ね。改めましてあたしはプリシラ。よろしくね!」
 そう言って彼女は手を差し出した。
 私はその手を手袋越しに握った。
 彼女の手は非常に滑らかで、白く美しい苦労を知らない手だ。
 手袋の下の私の手は傷だらけで醜いが、非常に誇り高い手だ。
 それにしても、この女を殺す機会を逸してしまった。
 老夫婦は近くのベンチに腰掛け、すっかり花を愛でていた。
 さすがにこの状況で殺すわけにはいかない。
 老夫婦が去るのを待ってもいいが、それまでこのお姫様がここにいてくれればいいが。
 そう考えていると、プリシラ・ドルファンはおもむろに立ち上がり、ワンピースの裾を払いながら言った。
 「ねえライズ。あ、ライズって呼んでいいよね。あたしの事もプリシラでいいからさ」
 彼女は私の返事を待たずに続けた。
 「ライズは牧場って行った事あるかしら」
 このマイペースなお姫様は何を考えているのか。
 一国の王女とは思えないその素振りに、私は正直戸惑いさえ感じ始めていた。
 これが本当に私の最も憎むべき人間なのだろうか。
 王女にしては砕けたその行動と、護衛もつけずに街にいること、どちらも不自然だ。
 「行った事はないわ」
 「そっか。じゃあさ、馬に乗った事は?」
 「あるわ」
 「本当に!?」
 私が頷くとプリシラは飛び上がらんばかりに喜び、私の両手をとった。
 「じゃあ、これから牧場に行きましょ!ね、もう決めちゃったんだから!」
 「なにを…」
 言いかけた私に、プリシラは人差し指を突きつけた。
 「ちなみに、あなたに拒否権はないからね!」
 
 
 
 
 To be continued



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