みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          18

 「久しぶりにお会いしたのに、つれないですねえサリシュアン。」
 「裏切り者が何の用かしら」
 「裏切り者?ははは、ひどい言われようですね」
 彼、ミハエル・ゼールビスは、ヴァルファ八騎将の一人、だった。
 だがドルファンとの戦争が始まるや否や、部隊もほったらかし脱隊。
 行方をくらましていたのだ。
 性格は残忍かつ狡猾で、一対一の決闘よりも、むしろ爆弾などを使った後方撹乱や、奇襲などを得意としていた。
 その戦い振りはあまりにも騎士の戦い方とかけ離れていて、彼が父の側近ミーヒルビス参謀の甥でなければ、隊にはいられなかったはずだ。
 ゼールビスは手に持った武器の血を、布で拭った。
 それはパッと見では教会の神父が使う、司祭杖にしか見えなかったが、先端が異様なまでに尖っており、鋭い。
 彼の風貌も、髪を伸ばし、肩下で切りそろえてあり、司祭服をまとってまさに神父そのものだ。
 だが、その目は鋭く私を睨み、神経質そうな顔に薄ら笑いを浮かべていた。
 「私の武器が気になりますか?サリシュアン」
 「敵の獲物を観察するのは当り前でしょう」
 「敵!?心外ですね。私たちは仲間じゃないですか・・・」
 そう言って彼はまた、いやらしい笑いを浮かべた。
 「そう、あのヴァルファバラハリアン八騎将という、哀れな操り人形のね!」
 誇り高きヴァルファ八騎将を、操り人形などと言う事は許せない事だが、そんな安い挑発に乗るほど愚かではない。
 「あなたが何故ドルファンにいるのかしら?そんな神父の恰好をして」
 「おや、思ったよりもクールですねえ」
 「質問に答えなさい!」
 「そんな事あなたに教える必要はありませんよ、サリシュアン」
 「ここであなたを裏切り者として殺したっていいのよ」
 「あなたが?私を」
 ゼールビスはさもおかしいと言わんばかりに、声を立てて笑った。
 「あはははは、笑わせてくれますねえ。あなたが私を殺す?そのダガーで?」
 彼は手にした武器をこちらに向けた。
 「お得意のレイピアでもない限り、難しいんじゃないですかねえ?私とて簡単に殺されるわけじゃありませんし・・・」
 「騎士として戦う事もできない男が、よく言うわ」
 「なにか考え違いをしているんじゃないですか?私は一対一の決闘でしのぎを削って戦う事が嫌いなだけで、決して出来ないわけじゃないんですよ」
 「ならば証明してみなさい」
 私はダガーを逆手に構えて、いつでも反応できる体勢をとった。
 この憎き裏切り者を殺すのは容易ではない。
 勝機があるとすれば、彼に攻撃をさせて、その先を取って反撃することくらいだ。
 ゼールビスは相変わらず武器をこちらに向けていたが、それをすっと下げた。
 「止しましょう、サリシュアン。私はあなたを殺したくはありませんからね」
 「その男達に私を襲わせておいて、何を言うの」
 「実力を試したんですよ」
 「試す?」
 「そうです。あなたのその実力が、私の目的につかえるかもしれない・・・と考えたんですよ」
 「何を言っているの」
 「三日ほど前に図書館で偶然あなたを見かけたときは、本当に驚きましたよ。ですが、あなたの任務を考えれば、当然といえば当然ですが」
 「何の話をしているの、ゼールビス!」
 「いずれわかる時がきますよ・・・まだ教えるわけにはいかないので」
 彼は大げさに通りを振り向いた。
 「おっと、そろそろ誰かが通りかかるかもしれませんね。死体の処理をしておかなければ」
 彼は服の袖に手を入れて、なにか四角い箱を取り出した。
 「彼らはヴァネッサ派の若者達です。今夜は爆弾をしかけようとして、事故により爆弾が誤爆。そして死亡・・・と。こんなものですかね」
 彼はその箱を死体の上に置くなり、私のほうへ走り出し素早く私の横を駆け抜けた!
 「何をしているんですか、サリシュアン!あなたも巻き込まれたいんですか」
 「・・・くっ」
 私は不本意ながらも、ゼールビスの後を追って駆け出した。
 五秒と間を置かずに、激しい爆音が後方で響き渡った。
 暑い爆風が、私の三つ編みを揺らした。
 立ち止まり振り返ると、二人の若者の死体はバラバラに吹き飛んでおり、焦げてくすぶっていた。
 私は吐き気をもよおして、その場に膝をついた。
 その時、後方からゼールビスの声が響いた。
 「私はドルファン教会にいますよ、サリシュアン。懺悔でもしたくなったらいつでも来てくださいね。ふ、ははは!」
 彼の足音はどんどん遠ざかり、近所にすむ人々が爆音を聞きつけて集まり始めた。
 私は吐き気と混乱した頭を抱えて、音もなくその場を離れた。
 なにもかもが、理解できなかった。

                       To be continued


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