みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          21

 その後、なんとも情けない気持ちでお茶を飲み、クレアとシスターの世間話に付き合い終わった頃には、夕闇が迫ってきていた。
 私は時折彼女達の話に相槌を打っていただけで、ただただ時間を無駄にしてしまった。
 ゼールビスはいつになっても帰ってこないし、これでは学校の始業式に行ったほうがマシだった。
 シスターに見送られて、私とクレアはサンディア岬駅へと帰ってきた。
 聞くと、クレアもフェンネル地区に住んでいるとの事で、そこまで馬車が一緒だと思うとため息がもれた。
 馬車に乗り込んだときには、すっかり夕闇があたりを包んでおり、街灯が明るく灯り始めていた。
 「すっかり遅くなってしまったわね。ごめんなさい、無理に付き合わせちゃって」
 クレアが悪びれた様子もなく言う。
 私は首を振った。
 「構わないわ。私は神父を待っていただけだもの」
 「そう?ああ、そうだ。今度お店に遊びに来てね。今日のお詫びにおごっちゃうわ!」
 「そうね、気が向いたら行かせてもらうわ」
 そんな社交辞令を交わしていると、馬車が軍隊の訓練所の前を通った。
 その途端にクレアの瞳が悲しげに歪んだ。
 彼女のこの悲しげな表情は、今日だけで何度も見た。
 その理由はなんとなくわかる気がする。
 誰か、きっと家族や親しい友人、恋人などが死んだのだろう。
 −戦争で。
 私がいぶかしげに彼女の顔を見ていたので、クレアはハッして笑顔を作った。
 「ごめんなさいね、ちょっとここには忘れられない思い出があってね・・・」
 私は黙っていた。
 特に何かを言う気にはなれなかった。
 戦争で誰かを失うのは世の常だ。それが当然の出来事だ。
 そして、明日は我が身だ。
 だがクレアはその思い出をゆっくりと反芻するかのように私に話し始めた。
 「ここにはね、私の夫・・・去年の夏に亡くなった夫が勤めていたの」
 「・・・軍の訓練所に?ここは外国人部隊専門の訓練所よ」
 「そう。私の夫はね、ここの教官だったの。外国人傭兵部隊教官、陸軍大尉が彼の最後の役職だった・・・」
 私はまさかと思って彼女の顔を見た。
 外国人傭兵部隊を仕切っていた人物は、彼しかいない。
 そう言えば彼女の苗字は・・・
 「ヤング・マジョラム。それが私の夫の名よ」
 私は驚きを隠して頷いた。
 ハンガリアの狼、ヤング・マジョラム!
 先の戦争であの八騎将の一人、セイル・ネクセラリアに敗れた、あのヤング大尉に他ならない。
 私は彼の体をセイルの槍が突き抜けるのを見ていた。
 戦場の端で、その出来事はまるで舞台の上の演技のように自然に行われた。
 気が付くと、クレアの頬を涙が幾筋もつたっていた。
 そしてそれに気付き、またあの悲しげな微笑を見せた。
 「だめね、年をとると湿っぽくって。あの人はもう、帰ってこないのにね」
 彼女は涙をハンカチで拭くと、また笑って見せた。
 私がヤング大尉を殺した、セイルと同じ八騎将の一人だと知ったらどう思うだろうか。
 きっと私のことを恨むはずだ。
 人は誰かを恨み、それが力となって生きていくのだろうか?
 少なくとも私の父は・・・破滅のヴォルフガリオはそうだった。
 クレアはセイル・ネクセラリアを憎む事で生きているのだろうか?
 私は・・・誰を憎むべきなのだろうか?
 ゼールビス?それともプリシラ・ドルファン?
 考えていると、フェンネル駅についた事をクレアが教えてくれた。
 「大丈夫?馬車酔いかしら」
 心配そうに覗き込む彼女の表情からは、誰かを憎んでいるようには思えなかった。
 「ええ、大丈夫だわ。すこし、考え事を・・・」
 「そう?でも無理はしちゃダメよ」
 「そうね、肝に銘じておくわ」
 「うふふ、それじゃまたね。お店にも遊びに来てね!」
 クレアはそう言って手を振り、人ごみの街並みに消えていった。
 私は冬の風を肌で感じながら、寮へと急いだ。
 いつもよりも北風が冷たく、肌に突き刺さった。

                        To be continued


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