みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          23

 その日、私は学校が終わるとすぐに寮に帰り、手早く着替えを済ませた。
 普段は決してしない化粧を、ごく自然に薄く施した。
 黒のタートルネックのセーターに、灰色のスカート。そして白いショールを羽織り、紺色のベレー帽をかぶった。
 いつもは前にたらしている三つ編みは、帽子の中にしまっておいた。
 馬車に乗り、サウスドルファン駅まで行き、そこから少し歩いた。
 だいぶ日が延びたとはいえ、そろそろあたりは暗くなってきており、仕事を終えて家路を急ぐ人も増えてきている。
 この時間の散歩は好きだが、今日はとてもそんな気分ではなかった。
 目的地である店の前で立ち止まると、今日はクレアが働いていない事を願った。
 そう、ここはサウスドルファンでは唯一のバーだ。
 場末の居酒屋ではない、それなりの気品と風格のある店だ。
 意を決して地下へと続く階段を下り、重い扉を開いた。
 中は薄暗く、雰囲気が良かった。
 まだ酒を飲むには早い時間なので、人の数はそれほど多くはない。
 だがすでに煙草と酒の匂いが微かに漂っていた。
 ウェイターが私に気付き、精一杯の魅力を振るって近づいてきた。
 「いらっしゃいませ。お一人様ですか」
 私は店内を見渡して、クレアがいない事を確認し、目当ての人物を探し当てた。
 「いいえ、友人がいるわ」
 「そうですか。ごゆっくりおくつろぎください」
 これで未成年に見えないことが証明された。
 店の奥のボックス席に、一人の男がカウンターに背を向けてくつろいだ様子で座っている。
 私は彼の向かい側に静かに座った。
 さっきのウェイターが注文を取りに来た。
 「なにかお持ちしますか?」
 「ウォッカベースのマティーニ。ステアではなくシェイクして、オリーブを二つ。彼にはスコッチ、ダブルをロックで」
 「かしこまりました」
 ウェイターが引き下がったので、彼が私を見てニヤリと笑った。
 「久しぶりです、サリシュアン殿」
 「この国にいるときはその名で呼ばないでと言ってあるはずよ」
 「これは失礼。ですがもう癖になっちまってるんで」
 ウェイターが飲み物を持ってきたので、一端話は中断された。
 私はその間に彼を観察した。
 40代半ばの男性で、中肉中背。身長も高くなく、低くなく。茶色いコーデュロイのジャケットを着ていて、首に赤いスカーフをしている。
 豊かな茶色い髪は後ろに流してあって、パッと見は役所帰りの公務員といった印象を与える。
 だが実際はヴァルファの一員であり、父の下で昔から働いてきた諜報部員の一人だ。
 彼はスコッチを軽く一口飲んで、満足そうに頷いた。
 「シングル・モルトだ」
 私は自分のマティーニを飲んだ。
 強いアルコールが喉を駆け下りていき、清々しかった。
 「それで、何の用ですか?私と酒を飲みに来たわけじゃないでしょう」
 「ドルファン軍のダナンへの第二次派兵が決まったのは知っているでしょう」
 「そりゃあ、まあ」
 「それで、ヴァルファはどうなの?もうその情報は伝わっているのかしら」
 彼は黙ってグラスの琥珀色の液体を眺めていた。
 私は待っていた。
 マティーニをもう一口のみ、オリーブを一つ食べた。
 オリーブがあると、酔うことはない。
 「・・・情報はダナンの部隊には伝わっています。ですが、軍団長のところには、と言われるとわかりません」
 「どういうこと」
 「いま、ダナンには第四部隊しかいないからです」
 「え・・・」
 予想外の言葉に、私は体中を寒気が走るのを感じた。


                    To be continued 

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