みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
24
「第四部隊だけって・・・」
私が絶句しているのを見て、彼は視線をそらした。
「シンラギククルフォン、ご存知ですか」
「ええ・・・」
私はハッとした。
確か、リン・コーユーがシンラギとの作戦の事を言っていたのを思い出した。
「シンラギはすでにプロキア入りを果たし、今はテラ河上流に布陣しています」
「そんな・・・思っていたよりも全然早い・・・」
テラ河はドルファン国境線を通り、プロキア領内に源流のある、大きな河だ。
国境都市ダナンの北数キロにその流れは迫っている。
「それじゃあ」
私は言いたくもない事をつぶやいた。
「第四部隊を除いた本隊は、テラ河上流に向かったと言うの」
「そうです」
「・・・そんな・・・」
これは、あまりにも時期が悪すぎる。
ただでさえ分の悪い戦いなのに、第四部隊だけでドルファン軍の七大隊相手では勝敗は火を見るよりも明らかだ。
「・・・」
彼は黙ってスコッチを一気に煽った。
第四部隊の隊長は、バルドー・ボランキオ。
通称不動のボランキオだ。
彼はヴァルファの中でも屈指の実力者だ。
常に隊の殿を務め、、常に最も危険な戦場を求めて戦う姿は、まさに鬼神そのもの。
今まで何度もヴァルファの危機を救い、何度も絶望的な状況を打破してきた勇猛果敢な騎士だが・・・
今回はあまりにも酷い状況だ。
勝つ見込みは限りなくゼロ。
考えてみれば、これまでダナンへの第二次派兵をドルファンが渋っていたのは、シンラギの到着を待っていたからかもしれない。
おそらくこの考えで間違っていないはずだ。
シンラギとドルファン軍の不穏なやり取りについては確かに父に伝えてあった。
だからといって、ダナン周辺から動けないヴァルファにとって、何の利益になろうか。
私は自分の無力さ加減に、居たたまれない気持ちで一杯だった。
気が付くとマティーニもスコッチも無くなっている。
彼がウェイターに合図をすると、すぐに新しいものを持ってきた。
「くそっ!」
彼がまたスコッチを煽った。
「軍団長も参謀長も、なんでこんな勝ち目のない戦をおっぱじめちまったんだ!プロキアの政権交代なんてわかりきっていたんだ!」
「あなたがヴァルファの行動に意見する権利なんてないわ」
私は必死の思いで、これだけを喋った。
声が乾いていてざらついていた。
「わかっていますよ、そんなこと!だが・・・こんなのはおかしい!軍団長も参謀長も・・・こんなのはおかしい!!」
長年父の腹心の部下として尽くしてきた彼だけに、ヴァルファへの愛情が強いのはわかっていた。
もしも父が、この戦を私怨だけの為に始めたと知ったとき、この男はどういう反応をしめすだろうか。
私は気を抜けば零れ落ちそうな涙を、必死に押し隠してつぶやいた。
「ヴァルファは・・・ヴァルファバラハリアンは絶対に落ちないわ」
金貨を二枚テーブルに置いて、私は静かに席を立ち、店を出た。
足早に人の波をかき分けながら歩いていると、どうしようもないくらい涙が溢れてきた。
拭っても拭っても涙は止まらない。
勝ち目のない戦の事実。
そして何も出来ないでいる無力な自分がたまらなく悔しい。
涙でかすんで、前もろくに見えない。
こんな事で、何が八騎将の一人だ!
ハンカチで涙をもう一度拭って、前をキッと睨みつけたとき、不意に現われた人影に思い切り当たってしまった。
「きゃっ!」
か弱い女の声とともに、私はしりもちをついた。
不覚以外のなにものでもない。
たまらない自己嫌悪とともにゆっくりと起き上がると、ぶつかってしまった相手が声をかけてきた。
「あ、ライズさん?」
私はまだ倒れている彼女が一瞬わからなかったが、すぐに思い出した。
「あなた、確かソフィア・ロベリンゲ・・・」
ソフィアは安心したように微笑んで起き上がった。
「そうです!よかったあ、忘れられちゃったかと思っていたんです」
彼女とはクリスマス前に一度話したきりで、あとは学校でなんどか挨拶を交わしただけで、私はほとんどその存在を忘れていた。
しかしソフィアは私のことを忘れてはいなかった。
そして、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「あの、大丈夫ですか?私、不注意で・・・あの、目が腫れていますよ」
私はあわてて視線をそらした。
「これは・・・なんでもないわ。私は平気よ。悪かったわね」
「いいえ・・・でも、あの・・・」
「目にごみが入っちゃっていてね、それであなたが見えなかったの」
声がわずかに震えているのが自分でもわかった。
ソフィアは一回深呼吸をすると、私の手をとった。
「あの、私についてきてください!」
彼女はそう言うなり、学生寮や彼女の住んでいるフェンネル地区とは反対の方向に歩き出した。
To be continued
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