みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          25

 私はわけもわからぬまま、ソフィアに連れられて浜辺に来ていた。
 夏の盛りには多くの人で賑わうこのビーチも、今の時期の夜では誰一人として見つけることは出来ない。
 私とソフィアは、何も喋らずに浜辺に座り、静かに寄せては返す波音を聞いていた。
 私はすっかりいつもの平静さを取り戻していたし、涙の跡は白く乾いていた。
 なぜこんなことになってしまったのかを考えていると、ソフィアがためらいがちに口を開いた。
 「あ、あの・・・すみません、勝手にこんなところに連れて来ちゃって・・・」
 「そうね、いきなりする事じゃないわね」
 「本当にすみません・・・でも、なんだかこうするのが一番良いように思えたんです」
 私が答えずに黙っていると、彼女は言葉を続けた。
 「私、落ち込んだりするとよくここに来るんです。ここで海を見て、歌を歌うとなんだか悩み事なんて吹っ切れてしまいます」
 「歌?」
 「ええ、私歌が大好きなんです!だから落ち込んでも歌で元気が出る・・・そんな気がするんです」
 「そう、それはよかったわね」
 自分でもひどく冷たい態度をとっている事は判っていた。
 それでも私はそういう風に生きてきたし、この国で誰かと馴れ合っていたくはない。
 ソフィアは少しだけ傷ついたような顔をして私を見ていた。
 その表情から、困惑、猜疑、悲痛、そして同情がみてとれた。
 「ライズさんって、なんだか昔の私のような目をしているんですね」
 「?」
 「寂しくて、打ちひしがれた、まるで迷子の仔猫のような目」
 「そうかしら」
 この女の子は突然何を言い出すのだろうか?
 私の目が、迷子の仔猫?
 「どうしてそんなに悲しい目をしてるんですか」
 「別に悲しい目なんてしていないわ」
 「じゃあ、どうしてさっき泣いていたんですか」
 泣いていたことを思い出し、私は思わずカッとなってしまった。
 「泣いてなんていないわ!例え泣いていたとしても、それが何だというの?あなたには何の関係もない事でしょう!?」
 「知り合いが泣きながら歩いていたら、何の関係もないなんて事はないはずです」
 「知り合い?知り合いですって?私とあなたは一度話したきりで、知り合いでも友人でもないわ!」
 「どうしてそんな悲しいことを言うんですか」
 私はどうしようもない怒りが込み上げてきた。
 「あなたが何を考えているのかわからないけど、余計なお世話だわ。私とあなたは他人だし、住むべき世界も違う!誤解の上の同情なんて、いい迷惑だわ!!」
 私の言葉を受けて、ソフィアも声が少し上ずった。
 「だったらなんでついて来たんですか?途中で帰ることなんて、いつだってできたはずですよね!?」
 「あなたが無理矢理・・・」
 「誰かに助けを求めていたんじゃ、ないんですか!?」
 思わず―
 思わず右手が出てしまった。
 甲高い音が響き、ソフィアはびっくりして私を見ていた。
 その左頬が赤くなっていた。
 「あ・・・」
 私は一瞬にして頭に上っていた血が、さめるのを感じた。
 ソフィアは涙を溜めた目で私をみつめながら、左手で頬を押さえていた。
 一体、何をしているんだろうか。
 こんな何も知らない少女と言い争い、あまつさえ手をあげてしまうとは。
 波打ち際に行き、ハンカチを濡らして軽く絞った。
 それをソフィアに差し出す。
 ソフィアは受け取ると、目を伏せた。
 「ごめんなさい・・・私、勝手な事を言ってしまって・・・」
 「なぜあなたがあやまるの?手を出したのは私だわ」
 「いいえ、それはいいんです。・・・ただ、私勘違いをしているとは思っていません」
 「・・・私なんかに構うのはやめて」
 私はそれだけを言うと、彼女に背を向けて歩き出した。
 右手がひりひりと傷み、胸が苦しいぐらいに痛かった。


                      to be continued


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