みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
27
心地よいゴンドラの揺れに身を任せていると、なんだか現実から離れていく感じがする。
ゆったりと流れる景色。
耳に優しい水をかき分ける音と、規則正しい櫓の音。
水面に太陽の光が乱反射して、時折私の頬を照らした。
水の上は、心が乱れている時ほど、落ち着きと癒しを感じる。
「いいもんだな、ゴンドラって」
ヒューイの言葉に私は素直に頷いた。
「そうね、思っていたよりも快適だわ」
彼はゴンドラのへりに腕をもたせかけながら、口笛を吹いたりしている。
彼はいつ会っても、ごく自然な振る舞いをする。
私の知っている傭兵達とは、少し違っている感じがする。
私の知っている傭兵達は、戦いのために生き、いつ死ぬかも判らない人生を生きている。
それを楽しんでいるものもいれば、仕方なくやっているものもいる。
彼らの目は皆疲れて、寂しげで、何かをしりすぎてしまった目だ。
だが、目の前にいるこの傭兵は、普段あまり生死をかけた生き方をしている事を感じさせない。
もしも露出している腕や顔にいくつかの傷跡がなければ、王室の執政官と言っても通りそうだ。
彼は気さくに笑い、人生に余裕を持っているような印象を受ける。
私ははたから見れば、何にも淡白に接するおかしな女としてみられているかもしれない。
しかし今の私自身は、余裕などまるでなく、毎日無力な自分を呪いながら生きている。
なにもかも、ドルファンに来てから狂い始めてしまった。
それまでの私は、八騎将の一人として自信に溢れ、どんな任務でもこなし、自分自身を高めるのが好きだった。
この国に来てからというもの、腐っていく自分に嫌悪をつのらせているだけだ。
「よう、どうした」
ヒューイが微笑を浮かべたまま声を投げた。
私は彼の顔をまじまじと見つめてから答えた。
「ねえ、あなたはどうしてそんなに余裕を持っているのかしら」
「余裕?」
「そう。うまくいえないけれど、そんな感じがするのよ」
「余裕ねえ・・・。まあ確かに毎日せかせか生きているわけじゃないけどな」
そう言って彼は笑って見せた。
その笑顔を見て、私は何故だか悲しくなった。
別に意識はしてないのだが、常にポーカーフェイスでいる事に慣れてしまっている自分に気付いたからだ。
しかし彼は私の表情ではなく、微妙な空気の流れから私の感情を読み取った。
「ライズはさ、なんで笑わないんだ」
「え?」
「ライズと知り合ってからもう半年以上になるが、笑顔をみたのは一度きりだ」
ロムロ坂の並木道を一緒に歩いたときの話だ。
私はおもわず顔をそらした。
「別に・・・。笑うようなことがないから、笑わないのよ」
その答えが気に入らなかったようで、しばらくそのことを考えているようだった。
「うーん、そうなのかな?日常で笑う事なんて、結構いろいろあるぞ」
「そうかしら?だとしたらあなた、相当おめでたい人ね」
「そう?」
「ええ。傭兵として生死をかけた生き方をしながら、そんなに気をぬいて生きていられるなんてね」
私は、この意見に彼は怒るだろうと思っていた。
私は彼を馬鹿にしたのだ。
年下の女に小馬鹿にされて、怒らないはずがないと。
だが、彼は吹き出して笑った。
「確かにそうだ!オレはおめでたいし、お気楽かもしれんな」
腕を水の中に入れながら、彼は続けた。
「だけどな、オレは自分の生き方に自信を持っているんだ。確かに傭兵としていつ死ぬかわからない。
こんなにのんびり生きているべきではないのかもしれん。仲間が死に、戦争は終わらない。
それでも、オレはこの生き方しかできないし、このままいつ死んだって、後悔はしない。
なぜなら、オレ自身がそうやって生きていくって、決めたからさ。これがオレの生き方で、オレの人生なんだ」
腕を水から引き抜き、風にあてながらまた微笑んだ。
「オレはオレの生き方に自信があるから、笑っていられるのかもな」
彼は私の目をじっとみつめた。
「ライズ。自信の無い奴は笑えないんだ。お前はなににおびえている」
私はなにもかもを見透かされた気分で、目をそらしたかったが、そらしたら何かに負けてしまう気がして、必死に彼を見ていた。
「強いて言うなら・・・自分自身の生き方におびえているのかもしれないわ」
彼はニヤッと笑った。
「なんだ、わかってるんじゃないか。だったら大丈夫。すぐに笑えるようになるさ」
私は一瞬呆気にとられてしまった。
「わからないって顔すんなよ。後悔なんてしない、自分の生き方。みつければいいだろ」
その瞬間、私の中で何かが目覚めた。
後悔しない生き方。
私はドルファンに送られた事、この任務自体を呪っていた。
父とともに戦場で戦いたいと思っていた。
だが、八騎将の誇りもおなじくらいに大事で、いわばどっちつかずの状態でただここにいたのだ。
いまや戦場に戻る事は不可能だし、戦況は刻々と悪化している。
だが、私自身はまだやり遂げてない事、やらなければならない事が沢山ある。
それをゆっくりと一つずつ消化していこう。
私自身が、ヴァルファ八騎将の一人として、後悔しないように。
彼がまた腕を水の中に入れた音を聞き、私はハッと我に帰った。
彼はなんだか満足したように笑いながら、水の中に入れた手を楽しんでいる。
「いいもんだな、ゴンドラって」
ヒューイの言葉に私は素直に頷いた。
「そうね、思っていたよりも快適だわ」
ただし今度は、心の底からにじみ出た、自然な微笑みと一緒に。
To be continued
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