みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          29

 室内はあまり広くなく、中央の長いテーブルに向かって左右に椅子が四つずつ置いてあり、上座には大して立派ではない椅子がある。
 室内装飾品は何も無く、なんとも色気の無い部屋だ。
 私は入り口のドアを調べた。
 とりあえず内側から鍵がかかっている。
 あけた。
 非常にゆっくりとドアを開き、廊下の様子を伺った。
 人はいないが、どこかで話し声が響いていた。
 出て行くには危険すぎる。
 またドアを閉めて、鍵をかけた。
 十秒ほどその場で考えていたが、次の行動に移ることにした。
 椅子の一つを部屋の隅まで持っていき、それに乗り天井を調べた。
 コツコツと叩いてみると、何か響いた音が返ってくる。
 上は空洞だ。
 力任せに天井を押してみた。
 何も反応が無い。
 ためしに反対の隅の天井も押してみた。
 私が押した一角だけ、フッと天井が浮いた。
 忍び込みの達人、ライズ・ハイマー。
 私は天井裏にもぐりこみ、元通りに天井を閉めた。
 ポケットから携帯用の小型ランプを取りだし、火を灯した。
 まわりを照らしてみると、私のいる一角が一番広いようで、他は人一人がやっと通れるほどの四角い管になっている。
 どうやら屋根裏ではなく、通気孔のようだ。
 空気が薄く、せまいので息苦しさを感じた。
 ランプがちりちりと音を立てて顔を照らしていて熱い。
 私は通気孔を這って進んだ。しばらく進むと突き当たり、左右に道が別れている。
 どちらにもランプを当ててみる。一寸先は闇。小型ランプの火は弱々しい。
 オイルもせいぜい持って十分といったところだ。急がなくては。
 迷うのは時間の無駄なので、右に進んだ。
 しばらく進むと少し先にわずかに光の漏れる一角を見つけた。
 私が忍び込んだ部屋と、おなじような造りになっているどこかの部屋のようだ。
 壁に耳を当て、しばらく気配と音を探った。
 中から小声で囁きあう男の声が聞こえた。
 こんな祭の日に熱心な事だ。
 光の漏れている箇所に音を立てないように接近し、部屋の中の様子を伺った。
 初老の男が大きな椅子に深々と座り、ドルファン軍の兵士と思われる男と小声で話していた。
 その初老の男の軍服の襟には、数え切れない程の勲章がついており、悪趣味な光を放っていた。
 勲章の一つ、やけに大きな勲章がひときわ目立つ。
 イルカと剣、そして三日月を模ったドルファンのシンボルの勲章は、間違いなく王室議会のメンバーの物だ。
 そこで記憶が鮮明に蘇った。
 怪老アナベル・ピクシス!ドルファンの政治を司る、旧家の両翼の片方、そして王室議会筆頭、ピクシス家の現当主に間違いない!
 先のクリスマスパーティーの時にプリシラ王女の傍らにいたのを覚えている。
 白い口髭と、禿げ上がった頭に鋭い眼光は、貫禄十分だ。
 私は息を殺し、彼らの会話を聞き漏らすまいと、耳をすませた。
 ドルファン兵が言った。
 「それでは計画通り、街のゴロツキ共を雇っておきます。なに、心配は無用です。こんな時の為にコネがありますので」
 「解った。だが、くれぐれも行動には注意したまえ。この行動が外部に漏れては、事だ」
 「心得ております。ですが、本当にゼノス・ベルシスは召喚に応じるのでしょうか」
 「それは間違いない。あの男とて、国王を無視してまでダナンに居続けるわけにもいくまい。分権化しているとは言え、ダナンはドルファン王国の都市だ」
 「了解しました。それでは手はず通り、帰りの馬車を襲撃いたします」
 「頼んだ」
 そこまで言って、彼らは部屋を出たらしく、ドアを閉める音が聞こえた。
 私は深くため息をつき、今聞いた情報をもう一度頭の中で整理した。
 アナベル・ピクシスが街のゴロツキを使って、馬車を襲撃しようとしている。
 その標的はゼノス・ベルシス。
 私はその名前に深い郷愁のようなものを感じた。
 ゼノス・ベルシスは現王室会議のメンバーの一人で、ピクシス家とは折り合いが悪い。
 と、言うのもベルシス家は現国王ではなく、死んだとされる国王の兄を支持していたからだ。
 プロキアとの国境都市で、ヴァルファの拠点となっているダナンは、そのゼノス・ベルシスが統治している。
 そして、私はもう10年以上前にゼノス・ベルシスと面識があった。
 彼は私に優しく、とても可愛がってくれたものだ。
 今彼が殺されでもしたら、ヴァルファは拠点を失う可能性も高く、戦争が大きく動く。
 祭を無視して潜り込んだ甲斐があった。
 手元の小型ランプはすでに消えかかっており、小さな炎が心もとなさそうに揺れている。
 潮時だ。
 来た時と同じように、通気孔の中を這って進み、最初の部屋へと戻った。
 そこから窓に鍵をかけ直し、庭を回って今度は正門から堂々と出て行った。
 見張りの門兵は不思議そうな目を向けたが、中から出てきたからには怪しい人物ではないと思い込み、あっさりと見送ってくれた。
 侵入者には厳しく、出て行くものには甘い。
 所詮はその程度という事だ。
 体中に疲れを感じ、一刻も早く部屋に戻りたかった。
 五月祭のことなど、これっぽっちも気にならなかった。
 
 


                     To be continued


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