みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          30

 5月6日の早朝に、先発隊を除いたドルファン国軍七大隊が出発するのを私は眺めていた。
 出発する彼らの姿を見に、わざわざこんなに早くからレッドゲートまで来ているのは私だけではなかった。
 家族を戦場に送り出す人々。恋人を送り出す女性。
 皆心配そうに手を振っている。
 例え勝ち戦であろうとも、死人がでないわけではないのだから。
 私は大隊が地平線のかなたに消えるまで見つづけるほど暇ではない。
 出発を見届けて、すぐに馬車に乗り学校へ向かった。

 その日もドルファン学園はいたって平和だった。
 朝の集会に、戦争に赴いた兵士達の無事を祈って、国歌を合唱させられただけで、他は戦争について、なんの説明もなかった。
 私はクラスメイト達が一生懸命唄う中、一人集会場の窓から明るく晴れた空を眺めていた。
 明日には、この空の下、沢山の命が散っていくのだ。
 集会も終わり、午前の授業が始まり、いつもどおりに時が流れ始めた。
 戦争が起きていても、ここでは、このドルファン首都城塞では普段となにも変らない。
 先日軍統合部に潜入した際に入手した情報は、間違いなくゼノス・ベルシス卿に届くだろう。
 ピクシス家による暗殺は未然に防がれ、ヴァルファバラハリアンもドルファン国軍のことを忘れれば、しばらくは拠点の心配もない。
 ただ、拠点のことを別にしても、父の数少ない理解者としてゼノス・ベルシスの命を助けられたのは収穫だった。
 ようやく八騎将として少しは実のある仕事が出来て、わずかながらの充実感を感じた。

 昼休みに私は持参したサンドイッチで昼食を済ませ、中庭のベンチで読書をしていた。
 中庭に来たのは随分久しぶりだった。
 普段は教室で読書をしているのだが、今日は戦士たちと同じ空の下にいたかった。
 五月の風は、さわやかに私の頬を撫でながら優しく吹いている。
 私は本から顔を上げて、空を見上げた。
 バルドーも・・・不動のボランキオもこの空を見ているだろうか?
 そのとき、前に現われた人影が声をかけてきた。
 「あの、日向ぼっこですか」
 聞き覚えのある声。
 そこにはあの、ソフィア・ロベリンゲがいた。
 「本を読んでいたところよ」
 「あ・・・お邪魔しちゃいましたか」
 「別に。何か用?」
 「いいえ、その、ただ見かけたから何しているのかな・・・と思って」
 「そう」
 私は再び本に視線を落とした。
 だがソフィアはまだその場に立ち、なにやら落ちつかない様子だ。
 「どうしたの、まだ何か用?」
 「あ、あの、この間はすみませんでした。私勝手な事をしちゃって・・・」
 私は本を置いて、ソフィアの顔を見た。
 彼女は今にも泣きそうな顔をして、私を見ていた。
 この前、彼女に連れられて海に行き、私は彼女の頬を叩いた。
 あやまるのはむしろ私の方なのに。
 「もういいわ。私もあなたに謝っておこうと思っていたの。悪かったわね」
 「そんな、私こそごめんなさい!」
 必死に謝りつづけるソフィアを見ていると、だんだんおかしくなってきた。
 「もういいって言っているでしょ?そんなに謝られると困るわ」
 彼女は私を見て、微笑んだ。
 「良かった、やっと笑ってくれましたね」
 「私が?」
 「ええ、笑ってます!」
 どうやら自然と笑みが出たらしい。
 だが、以前のようにそのことに動揺はしなかった。
 むしろ、笑える事がどこか誇らしかった。
 自分に自信の無い者は、笑えないのだ。
 「隣、座ってもいいですか」
 私は同意の印に頷いて見せた。
 なにかが、私の中で変ってきている・・・。


                     To be continued


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