みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
32
退屈な午後の歴史の授業が終わり、学校はいっせいに活気付いた。
部活動に勤しむ生徒や、早く帰ってアルバイトや遊びに精を出す生徒達。
そんな人々を私は下駄箱の片隅で眺めていた。
時折クラスメイトが物珍しそうにこちらを見ていた。
それも仕方の無い事だ。
私が誰かを待つなんて事は今まで一度も無かったし、彼女達は好奇心の抑えられない年頃なのだ。
そのまま十分ほどマンウォッチングをしていると、ソフィアが慌てて走ってきた。
「ら、ライズさん!ごめんなさい、待ちましたか」
「大して待ってないわ」
「本当にごめんなさい・・・ホームルームが長引いてしまって」
「気にしなくていいわ。さ、行きましょう」
「はい!」
こうして私とソフィアは並んで歩き出した。
いつも一人で歩いている通学路を、誰かと一緒に歩くというのはなにか不思議な感じがした。
「それで、どこに向かっているのかしら」
「えっと、サウスドルファン駅の近くのシアターです」
「シアター?」
「はい!」
シアターは読んで字の如く、文化的催し物の発表の場だ。
音楽の演奏会、演劇、オペラ、とにかくなんにでも利用できる、この国で唯一のホールだ。
私は音楽の発表会も演劇もオペラも好きではない。
「なにか催しを見に行くつもりなら、遠慮させてもらうわ」
「あ、いいえ、違うんです。実は今日、劇団アガサの練習日なんです」
劇団アガサの名は聞いた事があった。
故アガサ・マテライドの設立した人気劇団だが、ここ数年は休演が続いているはずだ。
「劇団アガサは今は活動してないんじゃなかったの」
「良くご存知ですね。今年からようやく劇を再演する事になったんです。それで・・・」
彼女は少し緊張した様子で続けた。
「今度の劇の歌姫を、一般公募することになったんです。それの応募締め切りが今日で…」
「そう。それで、応募するつもりなのね」
「・・・はい」
彼女の声のトーンがいくらか下がった。
「無理だって事はわかっているんです・・・。でも、それでも夢に近づく為になにかしなきゃって思って・・・」
そう言って私を見た。
「実を言うと、一人で来たら怖気づいちゃいそうだったんです。でもライズさんと一緒なら大丈夫かなって」
「なぜ?」
「だってライズさん、落ち着いているし・・・。えへ、それにライズさんなら黙って後押ししてくれそうな気がしたんです」
「おかしなことを言うわね」
「そうですか?」
「まあいいわ。自分で決めた事なら頑張りなさい。それがあなたの生きる道なのならば」
「はい!私ちょっと行って来ますね!」
気が付けばシアターはすでに目と鼻の先だった。
ソフィアは一度振り向いて私に微笑んで見せると、ゆっくりと建物の中へと入っていった。
自信の無い者は笑えない。
どのような結果になったとしても、彼女は大丈夫のような気がした。
ソフィアを待つ間、読書でもしようと近くのベンチに腰掛けたとき、思っても見なかった声が飛んできた。
「あれー、ライズ!こんな所でなにやってんの」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはあのハンナがいた。
「人を待っているのよ」
「人?ははあ、男の人でしょ」
私はため息をついた。
「女性よ。それにあなたも知っている人だわ」
「ええー!?誰、誰」
その時、シアターから当のソフィアが出てきた。
「ライズさん、お待たせしました!」
「あれー?ソフィア!」
「え・・・ハンナ!」
二人はお互いの顔を見合わせてから私を見た。
私はため息まじりに説明した。
すると二人は納得した様子で、声をあげて笑った。
「そうかあ、ソフィアついにチャレンジしてみるんだね!」
「ええ、夢に向かって少しでも前進したくて・・・」
なんにせよ、これで私の役目は終わったはずだ。
帰ろうと思い、腰を上げた時ハンナが明るい声をあげた。
「そうだ、せっかく三人そろったんだから。駅前でアイスでも食べようよ!」
「わあ。いい考えね。ライズさん、行きましょう」
「・・・」
断ろうと思ったが、ハンナが私に喋る間も与えずに続けた。
「新しく出来た露店のアイス屋さんのチョコミントがね、すっごくおいしいんだよ!さ、行こうよ!」
ハンナはさっさと歩き出してしまった。
ソフィアが目でどうするのか?と合図を送っている。
仕方ない。
私は肩をすくめてあとに続いた。
ソフィアが安心して笑った。
彼女達には秘密だが、私はチョコミントのアイスが大好物なのだ。
To be continued
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