みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
34
彼が向かった先は、国立公園だった。
公園といえども、数多くの芸術品を置いているこの場所は、観光地としても名高い。
だが人出はあまり無く、いつ来てもどこか寂しい感じさえする。
エントランスまで歩くと、今はフラワーガーデンが開園しているとの案内書きがしてあった。
「たまには花を愛でるっていうのも悪くないな。」
彼の言葉に私は頷いた。
どこに行くのかよりも、彼の話してくれる事のほうが、よっぽど重要だ。
フラワーガーデンは公園の東端に位置する、広い庭園だ。
毎年4月から5月、9月から10月にかけてのみ一般開放している。
庭園への入り口のゲートをくぐれば、そこはまるで別世界だった。
色とりどりの花が、競うように咲き乱れ、まるでこの世の物とは思えない光景だった。
もしも天国というものが存在しているのならば、こことそう遠い世界ではないだろう。
花の名前などはまるでわからないが、こうして見ていると、悪いものではない。
そして、ここは戦争の匂いなどまるでしない。
「ここは平和の園・・・花って・・・綺麗なのね」
「そうだな。ここにいると、心が安らぐよ」
そう言ってヒューイは近くのベンチに腰掛けた。
私も隣に座った。
ソフィアのように、隣いいですか?などと聞いたりはしない。
彼は暫くの間、目を細めてその美しい光景を眺めていた。
「不思議なものだ。昨日まで血と埃まみれの大地を見ていたのに、今はこうして花を眺めている・・・」
「・・・生き残ったのだから、当然でしょう」
「・・・そうだな。生き残ったからこうして眺めているんだな」
彼は大きくため息をついた。
私は、はやる気持ちをどうにか落ち着かせて聞いた。
「それで、どうだったの?ドルファン軍が勝ったのは知っているけど・・・」
「勝った。確かに結果だけ言えばドルファン軍の勝利だろうさ」
「・・・辛い戦いだったみたいね。あなた、怪我しているでしょう?特に左半身を中心に」
「わかるか?そう見せないように気をつけていたんだが・・・」
「私にはわかるわ」
「そうか・・・」
彼はまた大きくため息を吐いた。そして静かに語り始めた。
「こんな事を一般人に話したら、本当はいけないんだろうけどな。だが、ライズなら冷静に受け止められるだろう」
「・・・・・・」
「ドルファン国軍は、今回の戦いで七大隊のうちの三つを失った。それも数で言えば千騎たらずの部隊にだ」
「七大隊のうちの三つですって?」
「ああ。軍本部はヴァルファの恐ろしさを改めて知っただろうさ。実際、オレも怖かった」
「・・・戦場が怖くない人間なんて、いないわ」
わたしの言葉に、彼の顔が一瞬こわばった。
「・・・いや、いる。・・・違うな。いた、だ」
彼は目を閉じて呟いた。
「ヴァルファバラハリアン第四部隊隊長、バルドー・ボランキオ。あいつは戦場も死も、まるで恐れていなかった。オレはあんな男をいままで見たことがない・・・」
私の体を電流が走った。
ヒューイは、この男はバルドーと対峙したのだ!
そして、さっきヒューイはこう言った。
いた、と。
「死んだのね、そのバルドーって言う男は」
「・・・ああ」
「一騎打ちで」
無言で頷く。
「勝ったのはあなた」
また無言で頷いた。
「そう。敵の部隊長を討ち取ったのね。おめでとうといっておくわ」
「ああ、ありがとう・・・だが、恐ろしく強い男だった」
「・・・そう。でもあなたが勝った。だからこうして花を眺めている」
「オレは今まで、あれほど怖いと思った相手はいなかった。あいつ、死の間際でどうしたと思う」
「・・・・・・・」
「・・・笑ったんだ。満足そうにさ」
「・・・そう。きっと彼は戦場で死ぬのが夢だったんでしょう。たまにいるわ、そういう人が」
「ああ。あいつはただ死に場所を求めていただけのような気がする。強すぎる故に死ねない、そんな不幸な男だ・・・多分な」
私はヒューイのその言葉に、嬉しいといったら間違っているだろうが、なんとなく親しみを感じた。
不動のボランキオ・・・
まさに彼は死に場所を求めて、自ら危険な戦場に向かっていく人だった。
彼がまだ部隊長になってすぐ、酒に酔ってこんな話をしてくれた事があった。
自分は昔、愛する妻と子供とともに死ねなかったと。
まだ騎士になどなる前、彼は好奇心の旺盛な一介の平民だった。
仲間と共に、世界を見て周ろうと村を飛び出し、帰ってみれば伝染病にやられ、妻も子供もそして村さえも失ってしまった。
そのときに彼は、生きる意味も一緒に失った。
その後、ただただ死にたい一心でヴァルファに入り、その強さで部隊長にまで上り詰めたのだ。
そんな彼は、ついに死ぬことが出来たのだ。
そして、そんな彼の心をすくなからず感じ取り、なおかつ討ち取ったヒューイ。
同胞を殺されて不謹慎かもしれないが、私はヒューイが勝った事が嬉しかった。
豪放で、不器用で、それでも優しさの欠片を見せるバルドー・ボランキオはようやく念願がかなった。
ヴァルファバラハリアンにとってこれ以上の痛手はないが、 どこの馬の骨かもわからない者に遠くから銃で撃たれるよりも、まがりなりにも彼を理解してくれた騎士に討たれれば、バルドーの魂も少しは救われるだろう。
彼は私の方を見て、微かに微笑んだ。
「悪いな、しけた話で。まだ疲れているんだな、きっと。そろそろ行こう」
「・・・そうね、今はゆっくりと休んだ方がいいわ・・・」
公園の出口で馬車を拾い、私が乗り込むと彼はそのまま立っていた。
「どうしたの、乗らないの」
「ん、今日は歩いて帰ることにするよ。気分転換にな」
「そう・・・。疲れているみたいだし、せいぜい気をつける事ね」
ヒューイは苦笑すると、走り出す馬車に向かって、軽く手を振った。
私は答えず、遠ざかるヒューイに向かって自分でも聞こえないくらい小さな声で言った。
「ありがとう」と。
To be continued
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