みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          36

 追跡者は、私の意図する事をいちはやく感づいたようで、走るのをやめてどこかに隠れたようだ。
 こうなれば持久戦だ。
 どちらが先に相手の裏をかき、仕留められるか。
 彼または彼女が私を殺そうとしているのかはわからないが、誰かを尾行するような人間は聖人ではないことはわかっている。
 もちろん、私もそうだ。
 手にしたダガーをもう一度強く握ると、じりじりと動き出した。
 柱の陰すれすれまで身を乗り出し、周囲を探る。
 誰もいない。
 私は自分の服がドルファン学園の制服なのを呪った。
 こんなに赤く、派手な服装では隠密行動などできるはずがない。
 しかも、傘を捨ててしまっているのですっかりびしょ濡れで、気持ち悪い。
 たらした三つ編みから、雨がつたい落ちている。
 雨音。
 このままここで待っているのは何の解決にもならない気がした。
 通常、誰かを尾行していて見失ったときは、素直に諦めるか、とにかく先にすすむかだ。
 私は自分が走って逃げたあたりを確かめると、通学用鞄を放り投げた。
 そして、それが落下すると同時に通りをはさんで向かい側の遺跡の陰に身を隠した。
 この場所からなら私が走り出した位置がよく見える。
 追跡者は私の予想通り、その場所にとどまっており、鞄の気配に一瞬だけ姿を現した。
 それで十分だ!
 黒に近い茶色のマントで体全体を包んだその追跡者は、いかにもこの場所には不釣合いだ。
 私は足音を消しながら走っていた。
 遺跡の陰から陰へ、死角から死角へ。
 着実にその場所へと距離を詰めていった。
 追跡者が姿を見せた、その場所まであと柱一本分。
 ここからではその姿は見えないが、こちらにはその場所がわかっている。
 奇襲の強みはこちらにあるのだ!
 息を整え、一気に走り出そうとしたとき、首元に冷たいものがあたるのを感じた。
 体中を冷たい緊張が走り抜けた。
 不覚。
 追跡者は私が来るとわかっていて、わざと姿をあらわし、そこからわずかにずれて待ち伏せいていたのだ。
 私は持っていたダガーをそのまま地面に落とし、両手をゆっくり上げた。
 視線だけ首元に向けると、長い刀身の両刃の細い剣が微動だにせず首筋でぴったりと止まっていた。
 なんということだろう。
 私は志半ばで、こんな所で誰ともわからぬ相手の剣にかかって死ぬのか。
 そう思うと悔しさと怒りで、強く噛んだ唇の端から血が薄く流れた。
 死ぬのは怖くない。
 だが、悔しい!
 必死に目だけを動かし、相手の顔を一目でも見てやろうと思ったとき、すっと剣が首筋から離れた。
 私は弾かれたように前に飛び出し、前転をしながら追跡者に向き合った。
 だがその追跡者は剣を鞘に収めた。
 そして、聞き覚えのある声でこう言った。
 「まだまだね、サリシュアン。私なんかに後ろをとられるようでは、な」
 声は、女性のものだった。
 低くて、感情を抑えたような冷静な声。
 でも、どこか優しさと懐かしさが感じられる。
 彼女はマントに手をかけると、ゆっくりと脱ぎ捨てた。
 私は驚きで声が出なかった。
 「久しぶりね、ライズ。元気にしていた?」
 「・・・な、なぜ・・・!?」
 ようやくしぼりだした声が、これだった。
 燃えるような緋色の長い髪。
 そして、同じく深紅の鎧。
 二本の剣を腰に帯び、微かに笑みを浮かべた顔でこちらを見ている。
 それは、
 間違いも無くヴァルファバラハリアン八騎将の一人。
 氷炎のライナノール。
 ルシア・ライナノールその人だった。


                     To be continued

 
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