みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          37

 私達は、レリックス駅の外れの人気の無いベンチに並んで腰掛けていた。
 ルシアはまたマントで身を包んで、静かに雨音を聞いていた。
 彼女の濡れた赤い髪から、雫がたれて頬を濡らしていた。
 ルシアは…この氷炎のライナノールは八騎将の一人。
 冷静な判断力に、冷酷なまでの決断力。
 そして戦闘の時に見せる戦乙女のような出で立ちと、炎のような戦闘力。
 その両方を持ち合わせていることから、彼女は氷炎のライナノールと呼ばれるようになった。
 だが、それは通説だ。
 たしかに氷の方の評価は当たっている。
 しかし、彼女が何故炎の名も冠されるようになったかはごく一部の人間しか知らないのだ。
 そして、その由来こそが、彼女がこんな所に現れた理由なのだという事も、うすうすわかっていた。
 彼女は、バルドーを愛していたのだ。
 そう、ヒューイが討ち取った、あのバルドー・ボランキオを。
 ルシアのバルドーへの燃え上がるような恋心こそ、彼女の炎の名の由来なのだ。
 だが、バルドーは死んだ。
 不動のボランキオは、戦場で戦人として死んだのだ。
 私も押し黙り、雨音を聞いていると、ルシアが一通の封筒をとりだした。
 「…これを」
 私は怪訝な顔で受け取った。
 「何?」
 「これをヒューイ・キサラギと言う名の傭兵の所に届けて欲しい」
 「…これはなんなの」
 「果たし状だ。日時と場所が書いてある。その男の居場所は知っているんだろ」
 「知らない…と言ったら」
 「ふふふ、自分で届けに行くだけさ。それに、ライズが場所を知らないはずはない。それが任務なんだからね」
 「私の任務に、その男の監視は含まれていないわ」
 「いいや、あんたは知っている。幽鬼のミーヒルビスから隠密のサリシュアンへ指示が出ているからね」
 私は観念したように肩をすくめて見せた。
 そして、すぐにルシアを睨みつけた。
 「あなた、これは立派な軍規違反よ。指揮官のあなたがこんな所に来る事は許されない筈だわ!」
 「わかっている」
 「だったらすぐに戦場に戻りなさい!ここはあなたの戦場じゃない!」
 私の言葉に、ルシアはすかさず反応した。
 いきなり私の胸倉を掴むと、大きく自分のほうに引き寄せた。
 「バルドーのいない戦場など…何の意味がある!?」
 「あなたは指揮官失格だわ」
 ルシアは私の服から手を離した。
 「ライズ…わかってくれとは言わない。でも私の存在意義は、バルドーの為にだけあった」
 「……」
 「今の私の存在意義は、やっぱりバルドーの為にだけある」
 「…バルドーは、死んだのよ」
 「そう…だからこそ今の私はここにいる」
 ルシアの瞳が、炎のように燃え上がった。
 「ただ愛した人の仇を討つのみ!」
 私はがっくりと肩を落とした。
 ルシアには、何を言っても無駄だ。
 「ヴァルファは…あなたまで失ったらますます窮地におちいるわ」
 「私が死ぬような言い方だな?だが、例え私がいなくとも、ヴァルファは変わらない。私は指揮官としてよりも、騎士としての評価の方が高かった」
 それはわかっていた。
 だが彼女の存在は、八騎将の存在は、やはり兵にとって大きいのだ。
 「ライズ…」
 不意に彼女の声が優しくなった。
 「この戦…おそらくヴァルファは負けるわ。死に場所くらい、自分の好きにさせて」
 「ヴァルファは…お父様は負けないわ!」
 「…会えて嬉しかった。手紙は頼んだ」
 彼女は立ち上がると、雨で霞む遺跡群の方へと歩き出した。
 私はただそれを呆然と眺めていた。
 頬を伝う雫が、雨なのか涙なのか、わからなかった。
 

                     To be continued


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