みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
38
悪いとは思ったが、ルシアの手紙の中身をあらためさせてもらった。
約束の日時と場所、そして氷炎のライナノールの名だけが書かれた、シンプルなものだった。
約束の日は六月の二日。
今日が五月二十六日だから、ちょうど一週間後の日曜日だ。
正直な話、私は迷っていた。
この手紙をヒューイのところに届けるのは簡単だ。
だが、届けてしまえばヒューイは果し合いに応じるだろうし、そうなればルシアは負けるだろう。
ルシアは確かにヴァルファきっての天才剣士だが、それでもネクセラリアとボランキオを討ち取ったヒューイ相手では、勝機は二割あるかないか。
それは冷静に客観視すれば誰にでもわかることで、ルシア本人も理解しているだろう。
彼女は、なかば死を望んでいるのかもしれない。
ヴァルファはただでさえ苦しい状況だし、ここで八騎将の一人を失うわけにはいかない。
八騎将はヴァルファの単なる部隊長ではないのだ。
八騎将は敵からみて、恐怖の対象なのだ。
それに…
私はルシアを失いたくなかった。
彼女は男の多いヴァルファの中で、いや、私個人にとって友であり、姉でもあったのだ。
この手紙は…届けたくない。
その時、ドアをノックする音と共にハンナの声がドア越しに響いてきた。
「ライズ?用意できた?そろそろ行こうよ」
そうだった。今日はソフィアのオーディションの日で、ハンナと観に行く事になっていたのだった。
幸い、すぐに出かけられる支度は済んでいたので、私は手紙をポケットに入れ部屋を出た。
常に何が起こるかわからない。
用意周到なことに越した事はない。
「ボクさあ、オーディション見るのも初めてだけど、シアターに入るのも初めてでさ、楽しみなんだよね!」
ハンナはいつもよりも明るい調子で、ご機嫌のようだ。
彼女ぐらい楽観的に生きられれば、きっと人生楽しくてしかたないのだろう。
「あなたが楽しみにしてどうするの?あなたはソフィアの応援に行くのでしょう」
「まあそうだけどさ。ライズだって応援に行くんだろ?」
「私はただの観客よ。オーディションなんて自分の頑張り次第で結果がきまるものよ」
「そうだけどさ〜」
そんな事を話していると、あっという間にシアターについてしまった。
入り口の所でソフィアが背の高い男と立っていた。
長い金髪に高価そうな服をきたその男は、神経質そうな顔でソフィアになにかを迫っている。
彼の顔には見覚えがあった。
たしか、貴族のジョアン・エリータスだ。
去年の剣術大会で、ヒューイと戦うはずだったが不戦勝だった、運のいい男だ。
ソフィアは私たちに気付くと、ホッとした表情で手を振った。
「ライズさん、ハンナ!来てくれてありがとう」
ジョアン・エリータスは私たちが来た事などお構いなしにソフィアに迫った。
「何故なんだソフィア!この僕が一言劇団長に掛け合えば、こんなオーディションなどどうにでもなるんだぞ!?」
ソフィアは心底悲しそうな顔をして答えた。
「私、自分の力を試したいのよ、ジョアン。わかって…」
「だから僕が話をつければ舞台ですぐにでも歌えると…!」
私は言いかけたジョアン・エリータスの顔に人差し指を突きつけた。
「いい加減になさい。そんなことをソフィアは望んでいないわ。権力でつなぎとめようなんて、騎士の恥晒しね」
「な、なんだ君は!?」
「そうね…ソフィアの友人…かしら」
「本当なのか、ソフィア!?」
ジョアン・エリータスは真っ赤な顔でソフィアを見た。
「ええ、彼女達は私の大切な友人よ。」
「うううう、うううううう!」
ジョアンは意味不明な声をあげると、通りに停めてあった馬車に隠れるように飛び乗り、どこかへと走り去った。
「すみません…」
ソフィアがそれを見つめながら呟いた。
私は首を振ってみせた。
「彼はジョアン・エリータスね。知り合いなの?」
「…私の婚約者なんです。…親が勝手に決めた婚約ですけど」
そう言ったソフィアの口調には、悲しみと諦めが感じられた。
「それよりも、今日は来てくれてありがとうございます!ハンナも!」
ハンナは照れて笑うとソフィアの手を握った。
「頑張ってね、ソフィア!ボクもライズも応援してるから、あんな奴のことなんか気にしちゃ駄目だよ」
私は応援するつもりがないとさっき言ったばかりなのに、まったく人の話を聞かない子だ。
「私たちは客席で見させてもらうわ」
「はい!それじゃ、またあとで!」
ソフィアは笑顔を一つ浮かべると、関係者用の出入り口から中へと入っていった。
ここが彼女の戦場なのだ。
「じゃあライズ、ボクたちも中に入ろうよ」
「そうね。」
私たちは一般客用の入り口から、ソフィアの戦場へと足を踏み入れた。
To be continued
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