みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 悪いとは思ったが、ルシアの手紙の中身をあらためさせてもらった。
 約束の日時と場所、そして氷炎のライナノールの名だけが書かれた、シンプルなものだった。
 約束の日は六月の二日。
 今日が五月二十六日だから、ちょうど一週間後の日曜日だ。
 正直な話、私は迷っていた。
 この手紙をヒューイのところに届けるのは簡単だ。
 だが、届けてしまえばヒューイは果し合いに応じるだろうし、そうなればルシアは負けるだろう。
 ルシアは確かにヴァルファきっての天才剣士だが、それでもネクセラリアとボランキオを討ち取ったヒューイ相手では、勝機は二割あるかないか。
 それは冷静に客観視すれば誰にでもわかることで、ルシア本人も理解しているだろう。
 彼女は、なかば死を望んでいるのかもしれない。
 ヴァルファはただでさえ苦しい状況だし、ここで八騎将の一人を失うわけにはいかない。
 八騎将はヴァルファの単なる部隊長ではないのだ。
 八騎将は敵からみて、恐怖の対象なのだ。
 それに…
 私はルシアを失いたくなかった。
 彼女は男の多いヴァルファの中で、いや、私個人にとって友であり、姉でもあったのだ。
 この手紙は…届けたくない。
 その時、ドアをノックする音と共にハンナの声がドア越しに響いてきた。
 「ライズ?用意できた?そろそろ行こうよ」
 そうだった。今日はソフィアのオーディションの日で、ハンナと観に行く事になっていたのだった。
 幸い、すぐに出かけられる支度は済んでいたので、私は手紙をポケットに入れ部屋を出た。
 常に何が起こるかわからない。
 用意周到なことに越した事はない。
 「ボクさあ、オーディション見るのも初めてだけど、シアターに入るのも初めてでさ、楽しみなんだよね!」
 ハンナはいつもよりも明るい調子で、ご機嫌のようだ。
 彼女ぐらい楽観的に生きられれば、きっと人生楽しくてしかたないのだろう。
 「あなたが楽しみにしてどうするの?あなたはソフィアの応援に行くのでしょう」
 「まあそうだけどさ。ライズだって応援に行くんだろ?」
 「私はただの観客よ。オーディションなんて自分の頑張り次第で結果がきまるものよ」
 「そうだけどさ〜」
 そんな事を話していると、あっという間にシアターについてしまった。
 入り口の所でソフィアが背の高い男と立っていた。
 長い金髪に高価そうな服をきたその男は、神経質そうな顔でソフィアになにかを迫っている。
 彼の顔には見覚えがあった。
 たしか、貴族のジョアン・エリータスだ。
 去年の剣術大会で、ヒューイと戦うはずだったが不戦勝だった、運のいい男だ。
 ソフィアは私たちに気付くと、ホッとした表情で手を振った。
 「ライズさん、ハンナ!来てくれてありがとう」
 ジョアン・エリータスは私たちが来た事などお構いなしにソフィアに迫った。
 「何故なんだソフィア!この僕が一言劇団長に掛け合えば、こんなオーディションなどどうにでもなるんだぞ!?」
 ソフィアは心底悲しそうな顔をして答えた。
 「私、自分の力を試したいのよ、ジョアン。わかって…」
 「だから僕が話をつければ舞台ですぐにでも歌えると…!」
 私は言いかけたジョアン・エリータスの顔に人差し指を突きつけた。
 「いい加減になさい。そんなことをソフィアは望んでいないわ。権力でつなぎとめようなんて、騎士の恥晒しね」
 「な、なんだ君は!?」
 「そうね…ソフィアの友人…かしら」
 「本当なのか、ソフィア!?」
 ジョアン・エリータスは真っ赤な顔でソフィアを見た。
 「ええ、彼女達は私の大切な友人よ。」
 「うううう、うううううう!」
 ジョアンは意味不明な声をあげると、通りに停めてあった馬車に隠れるように飛び乗り、どこかへと走り去った。
 「すみません…」
 ソフィアがそれを見つめながら呟いた。
 私は首を振ってみせた。
 「彼はジョアン・エリータスね。知り合いなの?」
 「…私の婚約者なんです。…親が勝手に決めた婚約ですけど」
 そう言ったソフィアの口調には、悲しみと諦めが感じられた。
 「それよりも、今日は来てくれてありがとうございます!ハンナも!」
 ハンナは照れて笑うとソフィアの手を握った。
 「頑張ってね、ソフィア!ボクもライズも応援してるから、あんな奴のことなんか気にしちゃ駄目だよ」
 私は応援するつもりがないとさっき言ったばかりなのに、まったく人の話を聞かない子だ。
 「私たちは客席で見させてもらうわ」
 「はい!それじゃ、またあとで!」
 ソフィアは笑顔を一つ浮かべると、関係者用の出入り口から中へと入っていった。
 ここが彼女の戦場なのだ。
 「じゃあライズ、ボクたちも中に入ろうよ」
 「そうね。」
 私たちは一般客用の入り口から、ソフィアの戦場へと足を踏み入れた。
 

                     To be continued

 
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