みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          39

 オーディションの参加者は、大半が私たちよりも年上だった。
 普段歌を聞く事など退屈な学校の授業ぐらいなものだが、こうして聞いてみるとなかなか面白い。
 一人一人がまったく違う表現をするのだ。
 10人ほど歌を聞いた頃には、私は各人の表現方法を分析し、隣のハンナはあくびをかみ殺しはじめた。
 どうやら彼女にとっては音楽の授業と大してかわらないらしい。
 これ以上待たされたら、ハンナのいびきの演奏会が始まるという頃、ソフィアの番が回ってきた。
 彼女はひどく緊張した面持ちで、ゆっくりと舞台の真ん中に歩いてきた。
 「17番…そ、ソフィア・ロベリンゲです!」
 審査員達に向けられたその声が、誰にもわかるほど震えていた。
 「ねね、ライズ!ソフィア、なんか緊張してない?」
 息を潜めて話し掛けてきたハンナに、私は頷いて答えた。
 「無理も無いわね。オーディションに参加するのは初めてなんでしょう」
 「あんなに緊張してちゃ、実力なんてだせないよね」
 「そうね。必要以上の緊張は、ただ負担になるだけだわ」
 「それじゃ、ちょっとやってみるかな…」
 私はその言葉の意味がわからず、眉をひそめた。
 ハンナはそんな事はお構いなしに、おもむろに席から立ち上がった。
 そして、大きく息を吸い込むなり、
 「ソフィア!頑張れ〜!!ボクもライズもついてるよ!!」
 と舞台に向かって大きな声で叫んだ。
 一瞬唖然とする会場内の空気。
 私も他の人同様、唖然としてしまった。
 ソフィアはびっくりしたようにこちらを見ていたが、やがてぎこちなく微笑むと、かるく手を振った。
 ハンナは満足そうに頷くと、席に座りなおした。
 「これでソフィアも大丈夫…かな」
 「あきれたわ…馬鹿なことをするのね」
 「そう?だって友達が困っていたら、手を貸してあげたくなるじゃない」
 「……わからないわ」
 私には理解できなかった。
 誰かの手を借りる事など、今まで一度も無かった。
 どんな出来事にも、自分で対処して生きてきたのだ。
 その時、ソフィアがゆったりとした声で歌い始めた。
 さっきまでの緊張はどこへやら、とてものびのびと、そして楽しそうに歌っていた。
 その歌声はいかにもソフィアらしく、どこかはにかんでいるが、真っ直ぐで素直なものだった。
 私は今日初めて彼女の歌を聞いた。
 でもその歌はずっと前から知っているような気がした。
 目を閉じていても、そこにソフィアがいるのがわかる。
 客観的にみれば、彼女よりも歌の上手い女性はさっきまでの参加者に沢山いる。
 だが、私は彼女の歌に、ある種のやすらぎを感じた。
 それはきっと知り合いの声だからなのだろうが、お節介なソフィアの存在感が伝わった。
 彼女は歌い終わり、満足した表情で長い一礼をした。
 たっぷり十秒は頭を下げて、客席と審査員席に精一杯やったことを伝えた。
 拍手をすることは会場に入る際に禁止されていたのでやめておいた。
 だが、正直に言って良い歌だったと思えた。

 その後一時間ほどオーディションは続き、ハンナのいびきのリサイタルも披露された。
 オーディション終了後に外で待っていると、ソフィアは関係者出入り口から出てきた。
 私とハンナの姿を見つけると、小走りで駆け寄ってきた。
 「お待たせしました!」
 満面の笑顔を浮かべるソフィアに、ハンナは同じくらいの笑みを返した。
 「お疲れ様ソフィア!すっごく良かったよ!他の人よりも全然良かった!!」
 「半分以上寝ていた人が、よく言うわ」
 「ら、ライズ!てへへ…でもね、本当に良かったよ」
 ソフィアは笑顔の上に、うっすらと瞳に涙を浮かべた。
 「ありがとう、ハンナ。あの声援のおかげで、すごく心が楽になったの…それで、楽しく歌えたわ」
 「何いってるのさ、友達じゃない!」
 二人は互いに笑いあった。
 ソフィアはそれから私のほうを見た。
 「ライズさんも、本当にありがとうございました」
 「私は何もしていないわ。ただ見ていただけよ」
 「いいえ…見守っていてくれました!私、舞台から二人のことを見てたんです…」
 彼女は私の手をとった。
 「すごく真剣に見ていてくれたのがわかりました。だから私も全力で歌えたんです!」
 私はまっすぐこちらを見つめるソフィアの視線が、なんだか照れくさくておもわず視線をそらした。
 「…悪くなかったわ。あなたの歌」
 「えへ、嬉しいです。私、こんなに素敵な友達が二人もいて、幸せです」
 友達…
 まるで縁のない言葉だっただけに、私は戸惑ってしまった。
 そのとき、ふとルシアの顔が浮かんだ。
 そうだ…私に今まで友と呼べる人物がいたとすれば、それはルシアに他ならない。
 ポケットの中の手紙をそっと撫でてみた。
 これを届けてしまえば、ヴァルファの立場は苦しくなるだろう。
 だが、たった一人で敵地ドルファンに潜入してきたルシアの覚悟も相当なものだったはずだ。
 私が友として出来ることは、彼女を見守り、彼女を見届けてやることではないのか?
 ルシアが自分で選んだ道だ。
 私はそれをとめられなかった以上、最期まで見届ける義務がある。
 その後、ソフィア達と別れ、帰り道に少し寄り道をして帰った。
 ポケットの手紙は、外国人傭兵部隊の兵舎の一室に確かに投函されていた。


                     To be continued


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