みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          40

 六月二日の日曜日。
 雲間から差し込む太陽の光は、すでに夏のように私を照らしていた。
 日陰ならば心地よい陽気だが、日向は汗ばむくらいだ。
 今日。
 神殿跡の外れで小さな私闘が行われる。
 一人は死んだ戦友の…いや、愛した人の仇を討つ為に。
 一人は己の誇りと、戦士としての生き方の為に。
 約束の時間は正午だ。
 私はその決闘を見守るつもりでいた。
 例えどのような結果になろうとも、ルシアの戦いを見届けてあげたかった。
 それに…
 もしかしたら、ヒューイは誰か仲間を連れてくるかもしれない。
 彼の性格からしてそんな事はまず無いだろうが、相手はヴァルファ八騎将の一人。
 討ち取ればかなりの手柄だし、戦況はドルファンに有利になる。
 もしも彼が仲間を連れてきたのならば、私はルシアの助太刀に入る気でいた。
 そのために、私は今こうして赤い革の袋を持っているのだ。
 全長90センチの細長い袋の中には私の「愛器」が入っている。
 馬車でレリックス駅に降り立ったとき、駅の大きな時計は午前九時を指していた。
 予定通り。
 彼らの戦いの前に、遺跡群をよく調べてルシアに奇襲をかけようとしている者達がいないか調べる。
 その後は駅の目立たないところで、馬車から降りる不審な人物がいないか見張ればいい。
 わざわざこんな辺鄙なところまで歩いてくる輩はいない。 
 遺跡群に向かって、駅を出発したところで私は足を止めた。
 前方に見知った後姿を見つけたからだ。
 ミハエル・ゼールビス!
 裏切り者の彼が、何故こんな所に!
 以前彼を求めて教会に出向いたときは、すっかり煮え湯を飲まされてしまった。
 それ以来彼とは会う気も無かったし、彼の方も前のように殺し屋を使って接触もしてこない。
 正直な所、このところせわしなく色々な出来事が起こったために、彼の事など忘れていた。
 私は思わず左手に持った革の袋を、強く握り締めた。
 ゼールビスは白々しく後ろを振り返り、私の姿を見つけるといやらしく微笑んだ。
 「やあ、これはこれは隠密のサリシュアン様ではないですか。あなたも遺跡見学ですか」
 私は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
 「そんなところだわ」
 「それは奇遇だ!私もちょっと興味がありましてね。遺跡で行われる決闘…そんなものにね」
 私は彼の胸倉を力任せに掴み寄せた。
 「何故知っている!ゼールビス!?」
 ゼールビスは私の腕を軽く払いのけて、服の乱れを直した。
 「年頃の女の子が乱暴ですねえ。私にだって特別な情報源があるんですよ」
 いや、今は彼の情報源などどうでもよかった。
 この男がなんの為にここにいるのか。その方がよっぽど重要だ。
 「あなた…何を企んでいるの」
 「企む?あははは、人聞きの悪い。私は何も企んでなどいませんよ。ただ…」
 「……」
 「あの氷炎のライナノールが憎き仇を目の前に、無力にも捕まってしまう…そんな光景が見たいだけですよ。彼女にはだいぶお世話になりましたからね」
 「貴様っ…!」
 「おお怖い。そんな目で見ないで下さいよ、サリシュアン」
 私は今ここでこの男を八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られた。
 「何をした!ゼールビス!?」
 ゼールビスはその顔に、凍りつきそうなほど冷たい笑いを浮かべた。
 「あなたに教える必要は無いでしょう」
 「今ここで殺してあげてもいいのよ…!」
 「ふふふ…」
 彼は私の右手が革の袋の中に入っているのを見逃さなかった。
 「わかりましたよ。今の時点では勝ち目はなさそうですしね。そんな物騒なもので武装されていたら」
 「教えなさい」
 「なあに、ちょっと今日の決闘の事を、ある騎士の出来損ないに報せておいたんですよ。ドルファンの善意ある一市民としてね」
 「反吐が出るわ」
 「彼の事だ。今ごろ手下どもを引き連れて、遺跡内に潜んでいるルシアを血眼になって探しているでしょう」
 相手は一人ではないのか。
 ルシア程の者ならば一人や二人の騎士などわけもなくかたずけてしまえる。
 だが複数相手となると厳しい。
 なによりも大事な決闘の前に、そんな事で無駄な手傷を負わせたくない。
 私はゼールビスを突き飛ばすと、遺跡群へと走り出した。
 「あなたが彼らを止められるか、楽しみですねえ!くくく…ははははは!」
 後ろでゼールビスの笑い声が響いたが、振り返らなかった。
 
 
                         To be continued
 

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