みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
41
私はまず、決闘が行われる場所まで一陣の旋風のように走った。
時間が何よりも重要だった。
決闘場所は遺跡群の一番奥の、そのさらに外れの小さな神殿の跡地だ。
ここを訪れる人など一年を通してほぼ皆無に等しい。
ルシアはまだいない。
おそらく約束の時間までどこかで精神を統一しているはずだ。
ここまでくれば一般人に見られて、言い訳に困る事などなくなる。
私とルシア、ヒューイ以外でこの場所を訪れるのは、ゼールビスの差し金の人間だけだ。
革の袋から、中身を取り出し、袋は小さく丸めて服のベルトに巻きつけた。
出てきたのは刃渡り75センチ、全長90センチ、手を保護する為の大きな赤い鍔がついたレイピアだ。
私は幼い頃から父にレイピアを仕込まれた。
男のように力で剣を振り回す事の出来ない私に、その武器はぴったりだった。
細い刀身のしなりを利用して、敵の急所を的確に貫く。
大半の剣よりも素早い動きができる上に、鎧をまとった騎士を倒すのには都合が良い。
鞘からレイピアを引き抜くと、冷たい銀色の刀身があらわれた。
私はその刀身を見るたびに、集中力が研ぎ澄まされていく気がする。
ドルファンに潜入してからも、レイピアの訓練を怠った事は無い。
その為に私の右手は剣ダコだらけだ。
普通の人が見てもわからないだろうが、知っている人がみれば一目瞭然のその痕跡を隠すために、私は常に手袋をしている。
私はレイピアを構えると、付近一帯の捜索に出た。
全神経を集中させ、どんな微細な音も聞き逃さないように気をつけながら、柱の陰から陰へと走った。
五分ほど柱に隠れながら人の気配を探っていると、思いがけず見た事のある顔を見つけた。
周囲をきょろきょろとうかがいながら、しきりに背後を気にしている。
手に持たれた長い棒をしっかりと構えながら、神経を張詰めているが、どうにもどこかしらに隙がある。
その男は、リン・コーユーだった。
銀月の塔で知り合った、あの頼りない東洋人傭兵だった。
彼がここにいる理由は間違いなくルシアを狙っての事だろう。
それでは彼は一人で来たのだろうか?
いや、ゼールビスは「彼ら」と言った。と言う事は複数であると言う事だ。
私はリンの後を尾行することにした。
彼はよほど気が小さいのか、数歩歩くたびに後ろを振り返り、棒に身を寄せた。
これで戦場を駆ける傭兵の一人なのだから世も末だ。
やがて彼はルシアとヒューイの決闘の場所に辿り付き、そこで誰かを待つように不安げに立っていた。
しばらく様子を見ていると、彼とは反対の方向から数人の人相の悪い男達を引き連れた騎士がやってきた。
驚いたことにそれはエリータス家の道楽息子のジョアンだった。
ソフィアの婚約者であり、聖騎士の父を持ち、ヒューイを一方的に敵対視しているお坊ちゃまの登場だ。
リンとジョアンは何事か話し合うと、またそれぞれ違う方向に向かって歩き出した。
きっとルシアが見つからなかった事をお互いに報告しあっていたのだろう。
これ以上彼らの人数が増えるとは考えづらい。
ならば早々に彼らを始末してしまおう。
ルシアの邪魔は、させない!
複数のターゲットを狙うときは、まず最初に人数の少ない方からしかける。
これは暗殺術の基本だ。
私は最初のターゲットをリン・コーユーに決めた。
彼の今までの行動を見れば、殺さないまでも、身動きを封じるのにそれほど時間はかからないだろう。
大き目のハンカチを二枚使い、顔を覆い隠した。彼に正体を知られたら、消すしか選択肢がなくなってしまうからだ。
たとえ彼が人の決闘を邪魔しようとする最低な騎士だったとしても、殺すのにはためらいがあった。
ジョアン達から十分に距離が離れたのを確認すると、私は音も無くリンの背後に近付いていった。
まずは彼のアキレス腱を狙い、動きを封じる!
その時、運悪く彼は小石につまずいた。
前のめりに何歩かよろけ、あわてて体勢を立て直した。
私は物の見事に狙いが外れ、レイピアはむなしく地面に突き立った。
「え?」
彼はこちらに気付くと、とっさに後ずさりをして私との距離を離した。
なかなか賢明な判断だ。
「な、何者だ!?」
リンの叫びを無視して、私は素早くレイピアを引き抜き、軽くステップを踏みながら剣先を彼に向けた。
「やろうっていうのか?」
私はまた無視した。
彼はよくわからない表情を浮かべたが、すぐに棒を構えた。
彼の武器は長い棒のみ。
剣やナイフといった類のものはパッと見では身につけていないようだ。
ひとたび懐にもぐりこめれば、私の有利になる。
リンが何度か鋭く棒を突き込んで来た。
私はそれを左右のステップでかわすと、瞬間的に彼の懐に踏み込んだ!
『もらった!!』
私はリンの右肩めがけて必殺の一撃を繰り出した。
彼の棒では長すぎて防御をする余裕はない!
だが次の瞬間、彼の棒は全身の三分の一ほどの所で折れ曲がり、私の突きを軽くいなした。
と、同時に折れた棒の一端が私の顔面に襲い掛かった。
私は全身の筋肉をその瞬間に酷使して、あわてて後ろに飛び退いた。
つい今まで私の顔があったところを、棒の一端が走り抜けた。
あと一秒でも動作が遅れたら危ないところだった。
私たちはまたお互いに距離をとった。
彼の武器はただの棒ではなかったのだ。
全身の三分の一ずつの長さの所で三分割されており、それぞれが鉄の鎖で繋がっていた。
昔何かの本で見たことがある。
確か東洋の武器で、名前は三節棍だったはずだ。
その武器の意外性もあるが、あの状況で私の突きをいなしたのは、彼の実力に他ならない。
彼を甘く見ていたかも知れない。
体中を言葉では言い表せないような緊張が走り、胃のあたりが重くこわばる感じがした。
「腐っても傭兵と言う事ね…」
私は自分でも聞こえないぐらいの小声で呟いた。
気を抜けば、殺られる!
To be continued
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