みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          42

 私はレイピアを再び構えて、呼吸を整えつつリンの目を見た。
 彼は三節棍の真ん中を持ち、両端をくるくると回転させていた。
 なるほど、面白い武器だ。
 基本構造は、やはり東洋の武器のヌンチャクと似ているが、大きさは段違い。
 ヌンチャクと異なり、両端のまん中に棒を一つずつ足す事によって、懐に入られた際の不安を解消している。
 さらにもともとは二メートル近い長さの棒なのだから、それが三つに分離し、なおかつ鎖で繋がっているとあれば、そのリーチは計り知れない。
 私のレイピアでは、圧倒的不利だった。
 レイピアというこの細身の剣は、防御というものに向いていない。
 刀身が細すぎる為に相手の攻撃を、剣の腹で受ける事が出来ないのだ。
 そのかわりに、まるで竹ひごのようなしなりを利用して、相手の攻撃をいなす事が出来る。
 しかし、彼の武器をいなす事はまず無理だ。
 厄介な事になった。
 リンはどんどん勢いを増して三節棍を振り回しながら、じりじりとこちらに近付きつつある。
 もしも彼の武器を、一瞬でも封じる事が出来たなら、私は勝つ自信がある。
 しかし今の段階ではそれは望めない。
 私はすり足で後ろへ後ろへと進んだ。
 どうする?
 リンの目が勝利を確信して、いやらしく光った。
 どうする!?
 その時、私の背中が何かにぶつかった。
 後ろを慌てて振り向くようなへまはしでかさずに、レイピアを構えていない左手で触って確認した。
 柱だ。遺跡の朽ちた柱の一本だ。
 遺跡…そうだ、ここは遺跡群ではないか!
 私はとっておきの妙案を考え出した。
 これならば勝てる!
 思いついたからにはまごまごとしている時間はない。
 今の間合いは完全に彼の距離で、私が踏み込んで攻撃できる距離ではない。
 ようは彼の武器を封じて、間合いさえ詰められればいいのだ。
 私は咄嗟にレイピアの柄に仕込んである、小さなナイフをリンに投げつけた。
 虚をつかれたリンは、案の定大げさに三節棍を振り回し、それを弾いた。
 私はその隙に彼に背を向けて走り出した。
 「ま、待てっ!」
 リンがあわてて後を追う。
 私は自慢ではないが、走るのがとても速い。
 せいぜいリンが私を見失わないで後をついて来れる程度の速さで走りながら、必死に私の望む場所を探した。
 「敵前逃亡とは、騎士として恥ずかしくないのか!?」
 一騎打ちに望む一介の騎士を、手柄欲しさに待ち伏せていた男にしては、たいそうな御託だ!
 数十メートル先に、私が探していた条件にぴったりの遺跡を見つけた。
 私は走る速度をあげて、その遺跡に駆け込んだ。
 そこは大昔の民家の一室のようだった。
 入り口以外の四方を岩のブロック塀で囲まれており、広さはだいたい縦横に3メートルづつといった所だ。
 もしも人間二人が入ったら、それはまさに私のレイピアの間合いだ。
 リンはそんなことに気付く様子も見せずに、入り口に突進した。
 「これで袋の鼠だ!」
 リンが威勢良く三節棍を回転させようとしたとき、その一端がブロック塀にあたり、跳ね返った。
 「なに!?」
 彼が気がついたときには、もう手遅れだった。
 私は一瞬にして間合いを詰め、静かに呟いた。
 「馬鹿ね…!」
 レイピアのしなりを最大限まで引き出し、まずは最初の一撃を彼の左わき腹から右肩めがけて放った。
 しなりによって戻ろうとする力を利用して、今度は右肩から左脇、次に左肩から右肩、右肩からまた左肩へ。
 そこまで斬りつけて、私は今度はしなりの力を縦方向に利用して、手首の返しだけで喉、両肩、みぞおちをそれぞれ突いた。
 かかった時間はわずかに一秒。
 これこそが私の10年以上におけるレイピアの修行の賜物であり、唯一私自身が名前をつけた技、
 『プレシズ・キル』であった。
 きっとリンは何かを感じる間もなかっただろう。
 彼は小さくうめき声を上げると、気を失いその場に倒れた。
 少し手加減をしておいたので、死ぬ事はないだろう。
 彼の着ていた服はずたずたに切り裂かれ、血に染まり真っ赤になっていた。
 鎧すらまとっていないその体では、起きたと同時に激しい苦痛に見舞われる事になる。
 「一騎打ちを邪魔しようとした報いよ」
 私は彼に別れの一瞥を送ると、遺跡の外へと出た。
 レイピアを思い切り振って、刀身についた血を払った。
 「ふう…」
 私は生と死を分かつ境界線から逃れた事に、つかの間の安息を感じた。
 だがルシアの邪魔をしようとしている者はまだいるのだ。
 急いでジョアンたちを探さなければ!
 リンとの戦いで思ったよりも時間をくっているのは確かで、いまが何時なのか見当もつかなかった。
 その時!
 静かな遺跡群に、高く響き渡る金属音が響いた。
 これは剣と剣がぶつかり合うときに響く、独特の音だ!
 もしやルシアとジョアン達が接触したのだろうか?
 それとも一騎打ちが始まったのか?
 私は姿を隠すことなど諦めて、全速で音のする方へと走った。
 
  
 
                         To be continued


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