みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 そこでは、言葉では形容しがたい戦いが行われていた。
 隻眼の女剣士は、赤い髪を躍らせながら、手にした二刀の剣をまるで新体操の棍棒のように華麗に振る。
 一方東洋の傭兵は、カタナと呼ばれる独特の剣で、彼女の攻撃を受けて、反撃にでる。
 二人の戦いは、唸るような気合の掛け声がなければ、まるで演舞のようだった。
 ルシアは二刀流の達人だ。
 一方の剣で敵の攻撃を的確に防御し、一方の剣は確実に相手を攻撃する。
 彼女の独特の剣術に、普通の剣士ならばほとんど太刀打ちできないまま、黄泉の国へと旅立つ。
 だが、ヒューイは違った。
 彼は剣術の教科書に載っているようなヒットアンドアウェイを繰り返していた。
 まるで流星のような速さで、一撃を叩き込むと、すぐさまルシアの間合いから飛び退く。
 ルシアから攻めようとすれば、たちまち間合いを詰めて、彼女が自由に二刀を振れない距離まで近付く。
 確かに理想的な攻め方だが…
 あれでは体力の消費も激しいだろう。
 現に汗をうっすらと浮かべているルシアに対して、ヒューイは大粒の汗を額に浮かべていた。
 だが呼吸は乱れていない。
 これが、彼の本当の実力なのか!
 私はレイピアを持つ手に、自然と力がこもった。
 また、激しい金属音を響かせて、一、二度打ち合ってから、彼らはお互いに距離を置いて睨みあった。
 ルシアは二刀を上下に構え、ヒューイはカタナを下段に構えていた。
 「どうした…この程度の実力で、バルドー・ボランキオを討ち取ったとでも言うのか!?」
 ルシアがよく響き渡る声で言った。
 それに答えるように、ヒューイは唇の端にわずかな微笑を浮かべた。
 「やれやれ、おっかねえお姉ちゃんだな。だが…」
 彼はカタナを鞘に収めてしまった。
 「あんたが確かに騎士だって事が、痛いほど理解できた。ここからはオレも全力でいかせてもらう」
 「ふ、今まで手を抜いていたとでも言うのか!?武器を鞘に収めるなど、ふざけるなっ!!」
 ルシアは怒声とともに走り出した!
 ルシアの右手から放たれた、閃光のような一撃が、ヒューイの頭を確実に捕らえていた。
 頭が吹き飛ぶ、まさにその刹那の瞬間に、ヒューイの腰間から光が煌いた。
 なにが起きた!?
 ルシアの剣は途端に力を失い、ヒューイの肩に浅く食い込み、止まった。
 もう一本の剣が、くるくると弧を描きながら宙を舞っていた。
 何が起きた!?
 私にはまったく見えなかったが、ヒューイのカタナは抜き払われており、その剣先から血が滴り落ちていた。
 「さすがにやるな。よくあの一瞬に逆の剣をだせたものだ」
 ヒューイが後ろに飛び退きながら言った。
 ルシアは剣を持っていない左手でわき腹を押えていた。
 指と指の間から、大量の血が溢れていた。
 「ちっ…とっさに剣で防御していなかったら、今ごろ上半身と下半身がさよならしていたところだ。東洋の技か」
 「オレの故郷では『居合』と呼んでいる」
 「ふふふ…恐ろしい男だな」
 ルシアは地面に突き刺さった剣を、引き抜き、怪我などまるで無視して構えた。
 対するヒューイは今度はカタナを左上段に構えていた。
 「もうよせ、氷炎のライナノール!お前じゃオレには勝てない」
 ヒューイの口からでた思わぬ言葉に、私は戸惑った。
 だがそれ以上にルシアは困惑の表情を浮かべた。
 「貴様、何を言い出す!?戦いは最後までわからん!!」
 「オレは戦場以外で人を殺めたくない…。ここは退け!」 
 「戯言を・・・!」
 「お前は仇を討ちたいんだろう?その傷が癒えて、オレを殺せるだけの技を身に付けたら、戦場で相手をしてやる!」
 「それはなんの冗談だ!?貴様も騎士の端くれならば、なぜ堂々と最後まで戦わない!?」
 「ここはオレの戦場じゃない!お前の戦場でもない筈だ」
 「下らん!バルドーが死んだ日から…私の戦場などどこにも存在しない!!」
 その時、私は彼らの遥か後方に、三つの人影を確認した。
 ジョアン・エリータス!!
 くそ、なんて悪いタイミングで出てくるのだろう!
 私は何としてもジョアン達の進行を食い止めるべく、レイピアを構えなおし、走り出そうとした。
 だが、それと同時にルシアが決死の一撃を仕掛けた。
 左右の剣を上下から斬りつける、彼女の死を覚悟した一撃だった。
 ヒューイは一瞬、ほんの一秒の半分にも満たない時間で後ろを振り向いてから何事かつぶやいた。
 そして
 カタナを振り下ろした。

 その後の事は、実はよく覚えていない。
 ヒューイの一撃によって、ルシアは息絶えた。
 なにやらわめきたてながらジョアン・エリータスがヒューイに近付いていき、ルシアの亡骸に唾を吹きかけた。
 その瞬間、ジョアンはヒューイの拳を顔面に受けて吹き飛んだ。
 ヒューイは呆気にとられる取り巻きのゴロツキ達を無視し、ルシアの亡骸を抱きかかえると、その場を去っていった。
 私はその場にへたり込み、ただ呆然としていた。
 気がついたときにはすっかり日も暮れており、月明かりが私を照らしていた。
 それから、しばらく何をしていたのか覚えていない。
 ただ次に気がついたとき、私は寮の自室にいて、レイピアを握り締めたまま泣いていた。 
 
  
 
                         To be continued


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