みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 次の日、私は学校を無断欠席した。
 長期休暇のときにハンナがアルバイトをしているという花屋で花束を買い、馬車に乗り込んだ。
 サンディア岬駅で降りて、潮風の匂いを嗅ぎながら教会へと向かった。
 時折強く吹きぬける風が、花束の中のカスミソウをおおげさに揺らしていた。
 今日はミサでも開いているのだろうか?
 教会からパイプオルガンのくぐもった音が漏れている。
 弾いているのはシスターだろうか?それともゼールビスか。
 もともと好んで会いたい人物ではないが、今日は心底ゼールビスには会いたくなかった。
 教会の横を足早に通り過ぎ、共同墓地へとやってきた。
 月曜の昼間の墓地に、死者に会いに来る人などいない。
 墓地の中はひっそりとしており、聞こえるのは教会から漏れるコード音楽と、風の音だけだった。
 その墓地の奥、海へと続く断崖絶壁のふちに、ルシアの墓は立てられていた。
 そして、その墓の前にヒューイが立ち尽くしていた。
 「ヴァルファの八騎将を討ち取ったそうね」 
 私が声を投げると、彼はゆっくりと振り向いた。
 「ああ」
 彼は私の目を真っ直ぐにみつめた。
 その目には深い悲しみが刻まれていた。
 「気に病む事はないわ」
 私は彼の隣に立ち、安い墓石で作られたルシアの墓を見下ろした。
 「強いものが生き、弱いものが死ぬ。敗者には、生きる権利なんてないのよ」
 彼は黙って墓を見ていた。
 私は花を添え、目を閉じて十字を切った。
 さようなら、ルシア。
 私が祈りを終え、振り返り歩き出そうとしたとき、ようやくヒューイが口を開いた。
 「…哀しい瞳をした女性だった」
 「そう」
 「あれは愛する者を失った女の瞳だ」
 「よくある話だわ」
 「生きていれば…また誰かを愛せただろうに」
 「…そうね」
 気紛れな海風が強く吹き上げて、私の添えた花が何本か宙に舞った。
 ヒューイはそれを見上げてつぶやいた。
 「そういえば、なんでライズが花を」
 「ヴァルファの八騎将に花を添える人なんて、誰もいないと思ったからよ」
 「…優しいな」
 「そんなんじゃ、ないわ」
 彼は私を優しくみつめていた。
 その視線がなんだかまぶしくて、私は思わず目をそらした。
 「傭兵のオレがこんな事を言うのはおかしいが…」
 私は黙って続きを待った。
 「オレは彼女を殺したくなかったんだ」
 「どうして?殺せばあなたの手柄になるのに」
 「戦場で人を殺すのがオレの仕事だ。だが、戦場でない所では、誰も手にかけたくない…」
 ヒューイの口調は今まで一度も聞いた事が無いほど、弱々しかった。
 常に冷静沈着で大胆不敵な、常勝無敗を誇る彼らしくなかった。
 「それでもオレはあの果し合いに応じなければならなかった」
 「…なぜかしら」
 「それは、彼女の愛する人を奪ったのがオレに他ならないからだ」
 「そう」
 「オレの知り合いにも、死んだ男に嫁いだ女性(ひと)がいる。…あんなに悲しい目を見るのはもう沢山だ」
 「だったら殺さなければ良かったじゃない?あなたが彼女を見逃していたら…」
 「一騎討ちの最中に、視界の端にエリータスのボンボンを見つけた。あのまま見逃していれば、彼女は軍部に捕まり、処刑されるだろう」
 「…そうね」
 「彼女は誇り高き騎士だった。オレはそんな奴を辱めにあわせたくなかった」
 さっきから彼の言っている事は、ただの愚痴のような気がした。
 もはや口に出したところで、何も変わらないし、何も解決はしないのだ。
 それでも私は彼の言葉を黙って聞いていた。
 私のかけがえのない友人であり、姉であり、仲間であったルシア・ライナノールを、ここまで理解してくれていたのが嬉しかった。
 「あなたは、彼女を殺した事を悔やんでいるの?」
 私の言葉に、彼は戸惑ったようだった。
 だが、はにかんで微笑んだ彼は、いつものしっかりとした口調で答えた。
 「いや、後悔はしていない。一騎討ちに応じた時点で、覚悟は出来ていた」
 「ならば胸を張ることね。以前あなたは私に言ったでしょう?『自信がなければ笑えない』って。今のあなたは笑っているわ」
 彼はそう言われて驚いた顔で私を見た。
 「そうか…オレ、笑っているか」
 私が頷くと、彼はまたさっきの熱い視線で私を見た。
 「ライズ、ありがとう」
 私は頬がカッと熱くなるのを感じたが、極力そんなそぶりは見せないように努めた。
 「れ、礼を言われる筋合いなんてないわ。私は思った事を口にしただけよ」
 「それでもいいんだ」
 彼はくるりと振り返ると、ルシアの墓に背を向けてすたすたと歩き出した。
 私は呆気にとられながらも、その後を追った。
 「腹、減ったな」
 「そう」
 「昼飯、食ったか」
 「今まであなたとここにいたのよ?食べたわけないでしょ」
 「そうか、じゃあどこかで食事していこうぜ。おごるよ」
 私は少し考え込んだ。
 今日は学校を休んでいるので、寮の食堂も、校内の食堂も使えない。
 せっかくおごってくれるというのならば、それも良いかもしれない。
 「そうね、エルのランチのコースなら考えてもいいわ」
 「お前なあ、傭兵の給金なんてたかが知れてるんだぞ?ロムロ坂の喫茶店でサンドウィッチだ」
 「仕方ないわね。それで妥協してあげるわ」
 「ちえっ、おごるなんていわなきゃ良かったぜ」
 そう言って彼は唇の端で笑った。
 私はルシアの墓に別れの一瞥を送ると、昼食を食べに彼の横を並んで歩いた。
 
 
                         To be continued


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