みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 私はルシアのことを思い浮かべない日がないまま、週末を迎えた。
 彼女は戦士として、悔いの無い生き方をしたのだろうか?
 結局ルシアが八騎将という身分を捨ててまでバルドーの仇を討とうとしたのは、いわゆる愛なのだろうか?
 私にはわからない。
 愛というものがどういうものなのか、私にはわからない。
 八騎将としての誇りも、地位も、任務への責任感も、そして命さえも失う覚悟をもてるほど、愛とは大きなものなのだろうか?
 任務で命を失うのは怖くない。
 それが軍人だ。
 だがルシアの行動は明らかに任務外の行動であり、一個人としての決断だった。
 任務以外で命を捨てられるほどの覚悟をするために必要なのは…憎しみだけだ。
 父がそうであるように。
 気がつくと窓の外は夕闇に包まれており、昼間の一足早い夏の匂いは影を潜めてしまっていた。
 土曜の夜の恒例行事の時間だ。
 私は食堂へ向かい、手ごろな席を確保すると、セルフサービスのコーヒーを注ぎに行った。
 コーヒーのマグを片手に、ウィークリートピックスの最新号を取り、席に戻った。
 ゆっくりとコーヒーを味わいながら、いつものように一面から記事を読んでいった。
 一面を飾っているのは、ルシアの死亡記事だ。
 城塞内に忍び込んでいたところを、居合わせた東洋人傭兵に討ち取られた、と書いてある。
 その東洋人傭兵は重症を負い、情報を入手して現場に駆けつけたジョアン・エリータスによって軍部に届けられた、と続いている。
 東洋人傭兵が重症を負ったというくだりは、軍部に届けた際にジョアンがでまかせを言ったのだろう。
 手柄は彼のものだからだ。
 ヒューイの名前はどこにも書いていなかった。
 彼がルシアの亡骸を抱えて行ったのは覚えているが、どこに行ったのかまでは判らない。
 おそらく教会に連れて行ったのだろう。
 ヒューイはそういう男なのだ。
 彼との付き合いはまだ一年にも満たないが、すこしずつその人間像が見えてきている。
 彼はそういう男なのだ。
 深い溜息をついて、ページをめくった。
 月曜日の記事が載っている。
 面白くも無い、新しいブティックがオープンしたという記事の下に、ひっそりとその記事は載っていた。
 私は思わずコーヒーを飲む手を止めた。
 『八騎将の装備品、盗まれる』
 小さく書かれたその見出しに、私は思わず見入った。
 記事によると、ルシアの死体は日曜のうちに焼かれたが、装備品は軍部の中枢である、統合部に安置されていた。
 だが、月曜の朝にはその装備品が綺麗さっぱりと消えていたというのだ。
 犯人の目星はついておらず、軍部は内部の状況に詳しい者の犯行とみて、捜査を行っているとの事だ。
 私は音を立ててカップを置くと、怒りで立ち上がった。
 ルシアの装備品は、いわば彼女の魂だ。
 それを盗み出すとは、例えどんな理由があったにせよ、許される事ではない。
 魂の冒涜など、もっての他だ!
 私はトピックスを乱暴にたたんで棚に戻すと、部屋へと急いだ。
 数分のうちに着換えを済まし、外出の用意をした。
 一応、レイピアも持っていこう。
 ただの聞き込みならともかく、八騎将がらみの情報となれば、多少の危険はつきまとうはずだ。
 すべての用意が整うと、私は窓からロープを使い、庭に降り立った。
 隠密の隠れ家としては、学校の寮は目立たなくて最適だが、唯一の欠点は門限があることだった。
 「さて…」
 私は誰にも目撃されていないことを確認すると、夜の闇にまぎれて歩き始めた。

  
                         To be continued


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