みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

          46


 私は夜の闇に紛れながら音も立てずに走った。
 ルシアの装備品を盗む者など、金品目当てのコソドロ以外ならあの男しかいない。
 軍の中枢である軍統合部にコソドロがおいそれと忍び込むとはとても思えない。
 すると必然的に答えは一つ。
 あの、最低な男の所に違いない!
 小一時間ほどでサンディア岬駅へと到着した私は、呼吸を整え、教会への道を歩き始めた。
 こんな夜に教会を訪ねる者などいるはずもなく、まったく人の気配のない参道に虫の声だけが響く。
 闇の中に月明かりを反射しおぼろげに教会のシルエットが浮かんでいる。
 そんな教会の一室から、蝋燭の光が漏れている。
 教会のシスターのルーナは以前お茶をした時に、教会には住んでいないと話していた。
 つまり、この時間にここにいるのは教会の主であるあの男に違いない。
 無意識にレイピアを持つ手に力が入ってしまう。
 その時、背後に強烈な殺気を感じ、私は咄嗟に道の端へと飛びのいた。
 手近な茂みに身を隠し、闇の中に目を凝らしているとゆっくりと人が歩いてきた。
 豊かな金髪は闇の中でも艶やかに光を放ち、歩くたびにふわりとゆれる。
 まるで絵画の中から出て来たような白く美しく、端正な顔立ちに、ルビーのような赤い瞳。
 まさに絶世の美女だ。
 ただ一つ、残念なのは、その左ほほに深く長い切り傷の痕があることだ。
 彼女はその燃えるような赤い瞳で闇を見据えながら、私の前をゆっくりと歩いていった。
 その身なりは、高い身長によく似合った紺色のツーピースでかっちりと決められていた。
 しかし、その右手にはサーベルレイピアが鞘に入れて持たれていた。
 しばらく歩いて、彼女はくるりと振り向いた。
 そしてレイピアを引き抜くと、私のいる茂みをその切先で指し示した。
 そして、落ち着いた声で言った。
 「何者だ?そこにいるのはわかっている」
 ややシベリア訛りのまじったルーマン語だ。
 すでに彼女が普通の美しい女性だとは思っていなかったので、私はおとなしく茂みから道へと歩いていった。
 彼女は油断なくこちらにレイピアを向けたまま、私を観察していた。
 私もレイピアを鞘から抜き、静かに構えた。
 正面から見る彼女の顔は本当に美しく、その頬の傷跡が余計に醜く見えた。
 私は彼女と十分に距離を取っているのを確認してから、声をかけた。
 「あなた、ゼールビスを知っているの」
 彼女は答えず、かわりに質問してきた。
 「その赤いレイピアには見覚えがある。お前はヴァルファの隊員か」
 その言葉に、私は思わず眉をひそめた。
 たしかにヴァルファの装備品は、すべて赤で統一している。
 だが一目でそれを見抜ける者はなかなかいない。ましてやレイピアだけでは余計にそうだ。
 「ヴァルファの隊員だったらどうだと言うの」
 「殺すだけだ」
 彼女は吐き捨てるように言うと、突如必殺の突きをくりだしてきた!
 私はそれをいなし、空いている左手で彼女の顔面めがけて拳を固めた。
 彼女の顔面を拳がとらえる前に、彼女は咄嗟に後方に飛び退いており、またレイピアを構えた。
 なかなかの身のこなしだ。
 今度は私から斬りつけた。
 得意の右肩から左脇へと抜ける袈裟斬りだ。
 彼女はそれを難なくレイピアで受け止め、私たちは間近でお互いの呼吸を感じていた。
 「あなた、一体何者なの?ドルファンの剣士…というわけではなさそうだけど」
 私の問いに、彼女は低い声で答えた。
 「答える必要もないし、知った所でなんだというのだ?お前はここで死ぬのだから!」
 「私がヴァルファの隊員ではなく、一市民だと言ったら」
 「一市民はレイピアなど持ち歩かない!」
 彼女はそこまで言って、力ずくで私を引き離した。
 どうやら純粋な力比べならば、彼女に分があるようだ。
 もう一度距離をとった私たちは、おたがい静かに得意の構えをとった。
 しかけるタイミングを量り、荒い呼吸を感じている時、不意に闇を裂くように松明の光が揺れた。
 「おやおや、これはなんの騒ぎですか」
 その松明を持って現れた男は、私たちを照らしながら愉快そうに言った。
 忘れようもないその嫌らしい声の持ち主は、ミハエル・ゼールビスその人だった。
 彼女はゼールビスの姿を認めると、私に向けたレイピアはそのままに、不機嫌そうな声で言った。
 「何故出て来た、ミハエル」
 「ふふふ、いえ、剣と剣の打ち合う金属音が聞こえたのでね。それに、彼女は私の知人なんですよ、エレーナ」
 ゼールビスはこちらを見てニヤリと笑うと、剣を収めるよう手で示した。
 それに従うのは癪だが、これ以上訳もわからぬ決闘をするのは御免だったので、剣を収めた。
 それを見てエレーナと呼ばれた彼女も剣を収めた。
 ゼールビスは私に向かって頷いてみせると大げさなリアクションで教会を指差した。
 「ここではなんです。教会の中でお茶でも飲んで話しましょう…ふふ、ふふふ」 

 
 
  
                         To be continued


続きを読む >前に戻る >一覧に戻る >第0話を読む  >最新版を読む(mixi)


雑多図書館徹底攻略みつめてナイト> SS保管庫