みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 私は身動き一つとれずに、ただ床に磔られていた。
 司祭杖を抜き、一刻も早くこの場から逃げるべきだが、ゼールビスが見逃すとは思えなかった。
 彼はふらふらと酒に酔ったような足取りで、長椅子に腰掛けた。
 「サリシュアン、なぜ私がライナノールの鎧や剣を盗んだかわかりますか」
 私は答えず、左上腕部にハンカチを強く巻き、僅かでも止血につとめた。
 「私はね、ライナノールが嫌いだったんです。ただでさえ反吐が出そうなヴァルファの中でも特にね」
 「ルシアもあなたが嫌いだったと思うわ。ちょうど良かったわね」
 「ふふ、あなたもタフですねえ」
 ゼールビスは立ち上がり、ステンドグラスを見上げた。
 「ヴァルファの中で私が嫌われ者だったのは認めます。だが、ライナノール、あの女だけは私を蛆虫のように扱った。まるで汚い物を見るように侮蔑したのです。わかりますか」
 彼は私の元へ歩み寄り、司祭杖を床から引き抜いた。
 「ぐぅっ!」
 一瞬意識が飛びそうなほどの痛みを感じ、続いて血が溢れ出した。
 そんな私を彼はサディスティックな笑みを浮かべたまま見ていた。
 「私は確かにミーヒルビス叔父の親族かもしれませんが、実力で八騎将に上り詰めたのです。それをあの阿婆擦れは蛆虫のように扱った!自分は下らない愛だ恋だと生きているにもかかわらず!!」
 私は朦朧としだす意識の中、必死に傷口の止血をこころみた。
 「もっとも」
 ゼールビスは私から視線をはずし、またステンドグラスの方を見ていた。
 「もはやヴァルファに興味もありませんし、ライナノールへの個人的な感情はすっきりとしていますので。そう、まるで小鳥のさえずりで目を覚ます清々しい朝の目覚めのような気持ちです」
 「ルシアの…剣を、どうしたの」
 私の言葉には力が無く、言葉が切れきれにしか発音できなかった。
 「しかるべき方法で処分しましたよ、しっかりとね」
 そう言ってゼールビスは声も高らかに笑った。
 そして、私の隣に膝をついた。
 「この戦争、ヴァルファに勝ち目は無いですし、軍団長…あなたのお父上の復讐も果たせない…」
 「そんな、事は、無いわ」
 「ふふふ、まあいいでしょう」
 ゼールビスは立ち上がり、奥の扉のほうへと歩き始めた。
 「また会いましょう、サリシュアン。あなたには役にたっていただかないとね、ふふふ」
 そういい残し、彼は扉の奥へと消えた。
 私は生き残った安堵感と、痛み、怒り、焦燥感、虚無感、とにかく混沌とした気持ちに苛まれた。
 とにかく今は傷の手当てをしなくては。

 おぼつかない足取りで立ち上がった私は、多量の失血で血圧が下がっており、目の前に星が散った。
 どうにか教会の外に出て、サンディア岬駅にたどり着いた時には、すでに意識が半分飛びかけていた。
 今は何時だろうか?
 まだ馬車が営業してくれているといいのだが。
 馬車の待合所で、一台、客待ちをしているのが見えた。
 御者がこちらに気付き、声を投げてきた。
 「お客さん、乗るのかい」
 よく響く声は、女のものだった。
 「乗る、わ」
 私の声は自分でも驚くほどか細く、御者には届かなかっただろう。
 足が前に進まない。
 壁にもたれ、自分の体がずるずると崩れて行くのを感じた。
 「おい、あんた大丈夫か!」
 御者がこちらに駆け寄ってくるのが、視界の片隅に映った。
 「おい!しっかりしな!おい!」
 その声を最後に、私の意識はぷっつりと途切れた。
 
 
 
 To be continued


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