みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
51
看護婦はテディー・アデレードと名乗り、私が夜中に急患としてジーンに担ぎこまれたと説明した。
「顔色もだいぶよくなりましたね。失血がひどかったですから…」
テディーは私の顔を覗き込みながら心配顔で言った。
その合間にも器用に点滴の後処理をしている所を見ると、見かけによらず出来る看護婦なのかもしれない。
「でも、一体どうしたんですか?左手を貫通する傷なんて。骨をかすめているので、完治まで時間がかかりますよ」
私はジーンに目配せをした後に、平然と答えた。
「学校の寮の柵に手をついてしまったの。…ちょっと門限を過ぎたので忍び込もうとしてね」
「まあ!」
テディーは別段疑うそぶりも見せずに、怒ったように続けた。
「もう、気をつけて下さいよ!一歩間違って神経を傷つけてしまったら取り返しがつかないんですからね」
「そうね、肝に銘じておくわ」
「本当にそうして下さい!あ、そうそう、最低一週間は入院していただく事になりますから保護者の方に連絡をとりたいんですけれど」
「保護者?私の身元引受人がいるわ。それでいいかしら」
「結構ですよ」
私は父の部下の連絡先を教え、テディーはそれを綺麗にメモにとった。
以前バーで話をした彼が、ドルファンでの私の身元引受人を演じている。
彼ならば学校への言い訳や、その他のわずらわしいやり取りも安心して任せておける。
「もう、歩いていいのかしら?少し散歩をしたいのだけれど」
私の質問にテディーは飛び上がらんばかりに驚いたが、顔を曇らせつつも首を縦に振った。
「病院内だけにしてくださいよ。決して軽い怪我じゃないんですからね」
私は同意の印に頷いて見せると、テディーの手を借りて立ち上がった。
別に一人でも立てたのだが、彼女はすかさず手を差し出したので大人しく従った。
テディーは車椅子を用意すると言ったが、私はそれを断りジーンと一緒に歩いて病院内の中庭へ向かった。
一歩歩くごとに体中に鈍痛が走り、頭もクラクラとしたが、生きている事を実感するにはちょうどいい刺激だ。
この痛みと左手に残るであろう傷跡は、おそらくゼールビスへの憎しみをより一層深くしてくれるだろう。
5分ほどかけて中庭にたどりついた時には、不覚にも息が上がっていた。
小さな噴水のわきにベンチがあり、私はそこに座り呼吸を整えた。
私の後を黙ってついてきていたジーン・ペトロモーラは隣には座らず、噴水の脇に立っていた。
「それで」
彼女は回りに人がいないのを確認すると、静かな声で話始めた。
「結局あんたは何者なんだ?ただのドルファン学園の生徒ってわけじゃないだろう」
ジーンの目は真剣で、じっと私を見つめていた。
私は目をあわさず、あえて軽く微笑んだ。
「ただのドルファン学園の生徒よ」
ジーンはチッと大きく舌打ちをすると背を向けた。
「まあ、どうでもいいけどな。あんたが何者だろうと、病院までの馬車代を払ってくれれば」
私はその回答が気に入った。
「わかったわ。訳有りのドルファン学園の生徒よ。ただ騎士であるだけ、それだけよ」
ジーンは振り返り皮肉な笑みを浮かべたが、不愉快そうな感じは無かった。
「あんた、面白いよ」
私は肩をすくめて立ち上がった。
その後、病室に戻り入院用の書類にサインをし、ジーンに身元引受人の住所を教えた。
私のレイピアを届けてくれるというので、彼に謝礼をはずむように手紙を添えた。
ジーンが仕事に戻り、テディーが部屋を出て行った時にはすっかり午後になっていた。
ようやく落ち着いて一人で考える時間ができた。
不覚にもゼールビスに遅れをとってしまった上にルシアの魂を救う事が出来なかった。
私はまだまだ精神も剣術も鍛錬が足りない。
こんな事では親しい何かすら救う事が出来ない。
しかし、命をつなげたのは幸運だった。
あの場でゼールビスに殺されたとしても、おかしくない状況だった。
だが、彼はそうしなかった。
あえて私を生かした事に、何か理由があるはずだ。
最後に私に役にたってもらわないと、と言った言葉も気になる。
あのテロリストは何を企んでいるのか。
シベリアの女剣士は何の目的でドルファンにいるのか。
考えても結論が出ない事ばかりだ。
まずは傷を治し、自由に動けなければ情報収集もままならない。
私は深いため息をつくと、ベッドにもぐり目を閉じた。
まるで泥のように眠り、夢も見なかった。
To be continued
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