みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
52
入院三日目。
その日は朝から雨が降っていてしずかな日だったが、夕方前に私の病室は途端に騒がしくなった。
ハンナとソフィアが見舞いに来たのだ。
何を勘違いしたのかソフィアは目に涙を溜め、大きな花束を抱えてきた。
ハンナが一方的にまくしたてて、死ぬなとか、気をしっかり持てと叫んだ。
私はうんざりしつつも、テディーに対してと同じ説明を彼女達にし、ようやく一段落ついた。
ハンナはいつもの調子で明るく笑った。
「いやあ、良かったよ!大した事無くてさ。いきなり入院したって聞いたときにはボク、心臓が止まりそうだったよ」
「早とちりもほどほどにしてもらいたいわね。そもそも入院なんて大げさなのよ」
私の言葉にソフィアが珍しく声を荒げた。
「駄目ですよ!お医者様が入院した方がいいって言うなら、それは入院してしっかり治さなきゃ!」
「そうね。でも本当にもうなんとも無いのよ。感染症だって三日もすればもう大丈夫よ」
「駄目です。何かあってからじゃ遅いんですからね。本当に心配したんですよ」
私はこの状況にいささか戸惑っていた。
戦場にいる時は、怪我だの傷だのは日常茶飯事だし、誰かが心配してくれる事もない。
だが、今ここでは清潔な病室で清潔なベッドで休み、二人の女性が私を心配しているという。
決して慣れるような事では無いと思うが、案外心地よいものだ。
ソフィアとハンナは病院の面会時間ギリギリまで居座り、他愛も無い話を喋り続けた。
私は正直うんざりしていたが、彼女達の気遣いを無下にするのも気が引けたので、水呑み人形のように相槌を繰り返していた。
二人が帰った後、ようやく静かになった病室は居心地の良いものでは無かったが、少なくとも静かではある。
雨上がりの夕方の風が窓から流れ込み、カーテンを揺らした。
部下が持ってきた暇つぶし用の小説、アルベルト・ジャンベルグ著の『真旅行記』の最終巻のページをめくった時、窓辺に一羽のカナリアが止まった。
美しい黄色い毛並みの小さなカナリアは私の顔を見ると小さな首を傾げて、美しい声で鳴いた。
どこかのペットが逃げてきたのだろうか。
しばらくカナリアの美声を楽しんでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
どうぞ、と声を投げるとごく控えめにドアが開き、一人の女性が現れた。
「あの、すみません。カナリアがこちらに迷い込んでいませんか」
その女性は今にも消え入りそうな細い声で言った。
彼女はパッと見でもわかる、一種の気品を纏っていた。
太陽の光を知らぬような真っ白な肌は、健康的というよりも病的な程白く澄んでいる。
腰に届きそうな長さの豊かな金髪は癖が無くまっすぐに伸びており、前髪を眉毛の辺りで切り揃えていた。
大きな丸い眼鏡をかけており、高級そうなレースのワンピースが避暑地のお嬢様といった印象を与える。
「この子の事かしら」
私は窓辺でさえずっているカナリアを見た。
彼女はその視線に気付くと、あわてて後を振り返って言った。
「グスタフ、いたわ!こっち、早く!」
彼女の後ろから燕尾服を着た一目で執事とわかる初老の人物が部屋に入ってきた。
「失礼致します、ミス」
彼は無駄の無い動きで私の横を通り抜け、カナリアに恐怖心を与える事も無くサッと鳥篭のなかへしまった。
そして再び私の方に目を向けると、深々と頭を下げた。
「突然の無礼、大変申し訳ございません。そちらのお嬢様のペットが逃げてしまいまして、貴女の部屋へ失礼した次第でございます」
私のような子供相手になんと丁寧な態度だろう。
いや、もしかしたら私が年相応に見えないのかもしれないが、今はそれはどうでもいいことだ。
「かまわないわ。見つかってよかったわね」
私が声を投げると、執事から鳥篭を受け取ったお嬢様は目に涙を浮かべながら頷いた。
「すみません、とても大切な鳥だったんです。ああ、メビウスよかった…」
ペットの鳥に大層な名前までつけてご苦労なことだ。
動物を愛玩する事に私は意味を見つけられないが、彼女にとっては大きな存在なのだろう。
「さ、お嬢様。こちらの方のご迷惑になります、自室に戻りましょう」
執事に促がされて、お嬢様は私にもう一度頭を下げると部屋から出て行った。
突然の来訪者が去って再び静かになった部屋で、私はあのお嬢様が誰かに似ていた事を考えていた。
最近見た人間ではない誰かに、雰囲気というか纏っている気品が似ていたのだ。
目を閉じて数秒思い起こしているうちに、ふと思い当たった。
プリシラ・ドルファン。
クリスマスの夜に見た、あのプリシラ王女と雰囲気が良く似ていたのだ。
執事までつけたカナリアのお嬢様という事は、どこかの貴族に違いない。
ドルファン王家の縁の者と思って間違いない。
そこまで考えたとき、再びドアをノックする音が聞こえた。
やれやれ、今日は千客万来だ。
先ほどと同じように声を投げると、先ほどとは打って変わり力強くだが上品にドアが開いた。
そしてやはり無駄の無い動きでさっきの執事一人が入ってきた。
「先程は大変失礼いたしました、ミス」
「ライズよ」
「失礼致しました、ミス・ライズ。私はピクシス家にお仕えしておりますグスタフ・ベナンダンディと申します」
私はわずかに右手の傷が引きつるのを感じた。
ピクシス家と言えばまさにドルファンの中枢、王室議会の中心旧家の両翼の一端だ。
私の予想は正しかった。
「それで」
私は極めて平静に言葉を続けた。
「ピクシス家の執事さんが私に何の用かしら」
グスタフは美しく直立したまま、意外な言葉を吐いた。
「先程のお方はセーラ・ピクシス様と申しまして、少しばかり病を患っております。ライズ様に彼女の友人になっていただきたく、お願いに参りました」
「友人ですって?」
「はい。友人と言っても、何と言いますか…そう、話し相手になっていただきたいのです」
To be continued
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