みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 次の日は朝から眩しい日差しが窓から差し込み、夏の訪れを感じさせる暑い日だった。
 午前中にセーラの病室を訪れた時、彼女はあまり体調が良くなかった。
 急に暑くなったから、と本人は言っていたが検査入院で具合が悪くなっていたら世話は無い。
 私は夕方にでもまた来ると申し出たが、セーラは頑なに今がいいと言い、結局二時間ほど話をした。
 彼女の話は他愛の無い内容がほとんどで、最近読んだ本の感想や、今日見た夢の話、もしも健康になったらこんな場所に行って見たいなどなど。
 私はドルファンに来てから、人の話をさも興味深げに聞いているふりがどんどん上手くなっている気がしていた。
 結局二時間かけて聞けた有意義そうな情報は、彼女の兄の名前がカルノー・ピクシスだということと、グスタフ・ベナンダンディは昔、軍人だったという事だけだ。
 自室に戻り、病院支給の非常に栄養バランスの優れたジャンクフードを食べ、カルノーの名前をメモした所に慈愛の天使、我らがテディー・アデレードが検診に来た。
 「ハイマーさん、具合はいかがですか」
 「悪くないわ。ベッドに縛り付けられてさえいなければ」
 テディーは困ったようにため息をつくと、私の左手の包帯をするするとほどいていった。
 まだ痛々しい傷跡は縫合の糸が残っていたが、腫れも引いていたし、あとは完治を待つだけといった感じだ。
 消毒をして薬を塗ると、テディーは器用に新しい包帯を巻いていった。
 その間わずかに鼻歌を歌っていた。
 この仕事が好きなのだろう。
 人の為に尽くし、人を癒し、人の死を先延ばしにして、人の死に立ち会う看護婦という仕事が。
 テディーは包帯を巻き終わると、思い立ったように言った。
 「そういば、セーラちゃんとお話しされてるそうですね」
 なぜここでセーラの名が出てくるのか解らないが、隠すような事でも無いので頷いた。
 「それがどうかしたの」
 「実は私、彼女と同じ病気なんです」
 私は思わず眉をひそめてしまった。
 セーラが何の病気かは知らないが、心臓を病んでいる事は知っている。
 だが、目の前にいるこの看護婦は健康そのもの、といった印象だし、事実セーラとは違い生気に満ちていた。
 テディーはそんな私には構わずに続けた。
 「心房中隔欠損症っていう病気なんです…ご存知ですか」
 私は普通の人間よりも病気や怪我に対する知識は深いが、医者ではないので知らなかった。
 黙って首を振ると、テディーは頷いて続けた。
 「簡単に言うと、心臓の中にあるべきパーツが足りなくて、血中の酸素が上手く体に回らない病気です」
 そう言って彼女は自分の胸に手をあてた。
 「セーラちゃんに比べると私の症状は軽いけれど、それでも肺にかかる負担は大きくて…激しい運動などは私も禁じられているんです」
 私はセーラにしたのと同じように頷いた。
 お話し好きな看護婦さん、続きをどうぞ。
 テディーはこちらを見ていなかった。
 だが話を続けている。まあ結果は変わらない。
 「だからこそセーラちゃんの苦しみがわかる…私、あの子の病気を治してあげたいんです。子供の頃から外にも出られず…」
 テディーの目に涙が浮かんだので、私は内心ギョッとした。
 他人の話をして涙を浮かべる。
 自分の病気と重ねているのだろうか?
 彼女は涙を素早く拭くと、慈愛に満ちた天使の微笑みを見せた。
 「セーラちゃん、同年代のお友達がほとんどいないんですって。ハイマーさんがお友達になってあげればきっと喜ぶわ」
 彼女の口ぶりだと私の意見は一向に考慮してくれそうに無かったので、とりあえず頷いておいた。
 「退院してもセーラちゃんと仲良くしてあげてくださいね」
 「考えておくわ」
 私の答えにテディーは困ったような顔をした。
 「どちらにしろ、ハイマーさん。あなたは退院の日程を早められそうですよ」
 その言葉に、不覚にも一瞬驚きが表情に出てしまった。
 しかし極めて冷静に聞き返した。
 「いつ退院できるのかしら」
 「明日の午前中に先生に診てもらって、問題なければ午後には退院できると思いますよ」
 「そう、わかったわ」
 私は平静を装っていたが内心は飛び上がらんばかりに気分が良かった。
 この清潔だが面白みの無い四角い部屋にいるよりも、汚い憎悪が渦巻く外の方が私には合っている。
 セーラの兄について調べてみたいし、ゼールビスの所にいたシベリアの剣士も気になる。
 やりたい事が沢山ある。
 テディーは最後にまた最上級の笑顔を見せると、部屋から出て行った。
 私は明日の午後から何をするか計画を練ることにした。
 まずはレイピアを回収し、ジーンに礼を言いに訪ねてもいい。
 一週間に近い入院のリハビリに、銀月の塔に登ってもいいかもしれない。
 柄にも無く気分が高まってくるのを感じていると、ふと一人の顔が思い浮かんだ。
 
 ヒューイは何をしているだろうか。

 またロムロ坂で一緒に昼食をとってもいいし、銀月の塔に誘ってみるのはどうだろう。
 私はハッとして軽く首を振った。
 ハンナやソフィアではあるまいし、なぜ私があの東洋人傭兵と一緒に何かしたいと思うのか。
 最近、色々なことが立て続けに起きすぎて思考が混乱しているのだ。
 そうでなければヒューイの事など思い浮かぶはずも無い。
 窓を開けて夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
 ただの思い過ごしに違いない。
 
 
 
 To be continued


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