みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
55
病院を退院して二週間が過ぎた、八月のある日。
日傘を差しながら、セーラ・ピクシスの館から夏休み中の寮への帰り道を歩いていた。
太陽は一年で一番勢いを増してジリジリと地面を照らす。
湿気を含んだ生温い風がわずかに前髪をゆらしたが、まったりと絡み付いて重い。
私は暑さ寒さにはあまり左右されないが、日陰にいてもじっとりと汗ばむ今年の夏は、去年に比べるとずいぶんと猛暑で流石に不快だった。
もともと私の故郷のスィーズランドは夏は涼しく、避暑地として近隣国から観光客がなだれ込むのだ。
私が多少暑さに弱くても、それは仕方の無いことだ。
退院してからというもの、私は情報収集に躍起になっていた。
ゼールビスの動向を探り、件の女剣士エレーナの居場所を探り、カルノー・ピクシスの情報を探して歩いた。
結局得られた情報は大した物ではないが、何もしないで時間を潰すよりもよっぽどいい。
行動こそ力だ。
だからこそ、テディーの話に従った訳ではないが、やはり退院したセーラお嬢様の話相手をしつつ、カルノー・ピクシスの情報を引き出している。
戦争の方はしばらく膠着状態が続いていた。
シンラギククルフォンも我がヴァルファバラハリアンには苦戦しているようで、小競り合いは起きているものの、大隊同士の大きな衝突はしばらく無いようだ。
同様に七大隊のうちの三つを失ったドルファンにしても、体制を立て直すのにしばらく時間がいるだろう。
今のうちにヴァルファに失った人員を増やせればいいのだが…
そんなことを考えていると、私の横を物凄い勢いで馬車が通り過ぎた。
明らかに法定速度を無視したその馬車は、猛烈にブレーキをかけると100メートルほど先で急停車した。
そして御者が飛び降りた。それは私の知っている御者だった。
つんつんと跳ねた銀色の髪にバンダナを巻き、まるで男のような格好をした長身の女性御者は、ジーン・ペトロモーラだ。
「よう、ライズ」
ジーンは私がそこまで歩くのを待って、片手をあげた。
「どうも」
私がかるく会釈すると、彼女はふふんと肩をすくめた。
「相変わらず愛想がねえな」
「そう」
「傷の具合はどうだ」
「悪くないわ。一昨日、抜糸も済んだし後は勝手に治るわ」
「そうか。そいつは良かったな」
ジーンはそう言って唇の端で笑った。
「ところで何か用事?それとも、あんな無茶な操作で馬車を止めてまで、私と無駄話をしたかったのかしら」
「あんたのそういう所は嫌いじゃないよ。会ったら渡そうと思っていた物があるんだ」
ジーンはポケットに手を入れると、なにやらチケットのような紙切れを二枚取り出した。
私はそれを受け取ると、まじまじと見つめた。
シベリアサーカス団、夏の特別公演!とレタリングされた字で書いてあった。
ジーンは私が読み終わるのを待ってから続けた。
「オレのお得意さんにサーカスの主催をしている会社の人がいるんだ。で、その人から貰ったってわけだ」
私はいぶかしげに彼女の顔を見た。
「それで、どうして私にそのチケットをくれるの?私がサーカスを心待ちにしているなんて話し、したかしら」
「まさか」
私よりも頭一つ分背の高いジーンは、わずかに身を屈め私の耳元で低い声で喋った。
「最近そのサーカスに、レイピアを持った女が出入りしているのをオレの同僚が見かけたらしい」
私は思わず眉をひそめた。
「私じゃないわよ」
「わかってるよ。同僚の話だとその女ってのは金髪だって言うしな」
金髪の女剣士。やれやれ、最近見かけた記憶があるではないか。
ジーンは姿勢を戻すと、私の顔を見てにやりと笑った。
「面白そうな話だろ。あんたに関係あるんじゃないかと思ってな、騎士殿」
「関係あるかどうかはわからないけれど、心当たりはあるわ」
私の回答に、ジーンはしたり顔で頷いた。
「ま、オレには関係ない事だけどな。ただ、これは一つ貸しておくぜ」
「まだ病院に運んでもらった借りを返してないわ」
「デカイのを一つ返してくれればいいさ。土産話は期待しているけどな」
そう言ってジーンは馬車に飛び乗ると、ウィンクを一つして走り去った。
私はそれを見送ると、日傘越しに来た道を振り返った。
シベリアサーカス団。
そして、レイピアを持った金髪の女剣士。
なるほど、考えてみればサーカスと言うのはテロリストの格好の隠れ蓑かも知れない。
面白半分とはいえ、ジーンがくれたチケットを無駄にする事も無い。
私はシーエアー地区の方へと方向をかえて歩き出した。
年頃の女が一人でサーカスを見に行くのは目立つだろう。
カップルとして紛れ込めば、かのシベリア娘も簡単に私とは気付かないはずだ。
手近なところで誘い易い男もいることだ。
私の足は、外国人傭兵宿舎を目指していた。
To be continued
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