みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜

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 その週の日曜、私はかの東洋人傭兵のヒューイ・キサラギとフェンネル駅で待ち合わせていた。
 午後一時に待ち合わせだったので、私は五分前に駅に着いていた。
 そこで通り行く人々を眺めていると、時間ぴったりに彼が来た。
 「少し待ったわ」
 私が告げると、彼は肩をすくめた。
 「じゃ、行きましょう」
 私は先に立ってサーカスのテントへと歩き出した。
 彼は私の横に立ち、呑気に口笛を吹いている。
 その横顔はリラックスしており、とても楽しそうだ。
 「随分と上機嫌ね」
 「まあな」
 「何かあったのかしら」
 彼は私を見てにやりと笑うと、
 「美しい淑女に誘いを受けたからかな。オレの記憶が確かなら、ライズからデートに誘われたのは始めてだ」
 と臆面も無く言ってのけた。
 私は一瞬呆気にとられてしまったが、あわてて目をそらした。
 「じ、冗談はやめてほしいわ」
 「冗談じゃないさ。今までずっとオレが誘ってただろう」
 「今回はたまたまよ。たまたまチケットを貰ったから、暇そうな人に声をかけただけだわ」
 「それでも誘われた事にかわりはない。それよりほら、見えてきたぜ」
 ヒューイはそう言って広場の先にあるテントを指差した。
 私は平静を取り戻すと、改めてテントを観察した。
 カラフルなオレンジと黄色のテントはいかにもサーカスといった雰囲気で、正面入口に大きな看板がかかっている。 
 『パリャールヌイ・サーカス、ドルファンの夏に特別公演!』
 その看板の脇に、シベリアナンバーワンサーカス団と書いてある。
 正面入口の脇に、粗末な小屋が建っておりそこでチケットの販売などを行っているようだ。
 小屋まで行くと、粗末な小屋にお似合いの貧相なメイクをしたピエロが暇そうにカウンターの中で立っていた。
 私がジーンから貰ったチケットを渡すと、ピエロはだるそうな動きで入場券とパンフレットをくれた。
 「Добро пожаловать」
 そう言ってピエロはテントの入口を指差した。
 私とヒューイは頷くと、入口へと歩き出した。
 私は残念ながらシベリアの言葉は簡単な挨拶くらいしかわからないので、ピエロが何と言ったかはわからなかった。
 しかし、ヒューイはパンフレットのシベリア語を眺めつつ、ぶつぶつと何か言っていた。
 「あなた、シベリア語がわかるの?」
 「まあ少し。傭兵生活が長いと、いろいろ詳しくなるもんだ」
 「翻訳はまかせたわ」
 私たちは明るい夏の空の下から、一気に薄暗いサーカステントの中へと入っていった。
 テントの中は思ったよりも広く、所々に松明のかがり火が焚いてある。
 客席は半数以上がすでに埋まっており、私たちは後の方の暗い席に座った。
 これは願ったり叶ったりではあるが、パンフレットはほとんど見えない。
 ヒューイはのんびりと座ると、真ん中の舞台を観察していた。
 私も同じように舞台を見た。
 円形の客席の中心に、土がむき出しの舞台がある。その本当に真ん中に50センチほどの高さの小さな四角いお立ち台がある。
 その脇にトランポリンや、何かの演目に使うであろう戸板があり、天井の近くには梁に固定された空中ブランコなども見て取れた。
 客席には私たちと同じような一般人が、開演を今か今かと待っていた。
 その時、一人のおどけたピエロがナイフを片手にステージの奥のカーテン裏から出てきた。
 人々は途端に大きな声をあげ、拍手をした。
 ピエロはコミカルな動きで舞台の真ん中までくると、大げさな素振りで頭をさげた。
 「Добро пожаловать!ドルファンの皆さん、ようこそパリャールヌイ・サーカスへ私はピエロのバリアニコフと申します」
 そのピエロは先程のピエロとは違い、派手なピエロ衣装に、メイクではなく道化の仮面を被っていた。
 酔っ払いのような妙な千鳥足で歩いているが、そのバランス感覚はかなりの物であろう。
 その証拠に、細い一本橋の上を千鳥足ですいすいと歩いている。
 「それでは、ドルファン夏の特別公演、開幕でございます!」
 そう言ってピエロのバリアニコフは、手にしたナイフを素早い手つきでこちらに投げた。
 私は一瞬身構えそうになったが、その投げた先が私たちよりもさらに上を狙っていたのがわかったので、おとなしく座っていた。
 すぐに私たちの頭上で大きなくす球が割れ、色とりどりの紙ふぶきが舞った。
 観客はその紙ふぶきに大きな歓声を上げた。
 が、私はそのナイフ投げの技術に感心していた。
 コントロール、スナップ、威力、どれをとってもサーカスのレベルのそれでは無かった。
 「なかなか面白そうだな」 
 ヒューイが言ったので、私は頷いた。
 「物騒なサーカスではあるわね」
 ピエロは仮面に貼りついた笑顔のまま、幕の裏へと消えていった。
 
 
 
 To be continued



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