みつめてナイト外伝〜ライズ・氷解〜
57
サーカスは大いに盛り上がっていた。
大きな熊が器用に自転車を乗り回していたり、バリアニコフとは違うピエロのジャグリングなど、サーカスのレベルとしてはかなり高いのではないか。
途中、片目に傷跡のあるホワイトタイガーが大玉にのって現れたときに、ヒューイが気まずそうな顔をしていた。
「あいつの傷跡、オレがつけちまったんだ」
「ああ、トピックスに載っていた件ね。例の白猫を躾たって」
「よく覚えているな」
「あなたの頬に、無様にもついていた三本の引っかき傷が忘れられないわ」
「嫌なやつ…」
そう言ってヒューイはふてくされたものの、私の顔を見て笑った。
私はなんとなく、彼に微笑して返した。
こうやって微笑みあう事など、去年の私にはとても出来なかった。
ゼールビスに不覚を取り、己の未熟さを痛感したばかりだと言うのに、今日は気持ちが穏やかだ。
このヒューイ・キサラギという傭兵は、私を不思議な気持ちにさせる。
敵であり、仇であり、今ではヴァルファにとって脅威ですらあるこの男だが、戦場以外で対峙すると不思議な男ではあるのだ。
ホワイトタイガーが会場を後にすると、大きな拍手が送られた。
そして、入れ替わりに入ってきた女性ピエロに会場の人々は息を飲んだ。
真っ白な肌は化粧をしているとはいえ、まるで雪のように清冽な美しさをたたえている。
その肌を引き立てるような長い金色の髪は彼女が歩くたびにふわりと揺れる。
それ以上に印象的なのは、その瞳。
まるで炎がそのまま零れ落ち、その姿のまま凍りついたような真っ赤な瞳はある種の恐ろしさと美しさを持っている。
間違いなくエレーナ・ロストワその人だった。
ゼールビスの教会に出入りしているあの女剣士に間違いない。
これはジーンに大きな借りが出来てしまった。
頬にある大きな醜い痕はすっかり化粧で隠されており、涙のマーキングがしてあった。
彼女は会場の人々に大きく頭を下げると舞台の上に置かれたサーベルレイピアを拾い、鞘から抜き放った。
同時にピエロのバリアニコフが会場に現れ、手に持った数十本のナイフを次々とエレーナに向かって投げつけた。
エレーナはそれを見事な手さばきではじき返していった。
隣のヒューイが低い声で唸った。
「あの女ピエロ、かなりの手練れだな。見ろよ」
そう言って彼が指差した方を見ると、弾いたナイフが全て地面に突き刺さり、何かの模様を描いていた。
最後のナイフを弾き終わると、地面に見事なドルファン国旗が描かれていた。
「ハラショー!!オーチンハラショー!!」
会場中が大きな歓声につつまれ、観客達はスタンディングオベーションで賞賛の意を表した。
私もなるべく人影に隠れるように立ち、拍手を送った。
確かにかなりの技と力量である事は間違いない。
だが、いざ戦闘になった際には曲芸では生き残れない。必要なのは心技体すべてだ。
エレーナとバリアニコフが再び大きく頭を下げて幕の裏に消えると、15分ほど休憩になると書かれたのぼりが立てられた。
周りの人々はしきりに今までの感想を話し始めた。
ヒューイは座席に深く腰かけると、ため息をついた。
「思っていたよりも楽しめるな。子供だましのサーカスってわけじゃ、ないようだ」
「そうね…ちょっと席を外すわね。失礼」
「迷子になるなよ」
私はヒューイの軽口を無視して、席を立った。
そのまま人ごみにまみれてテントの外まで出た。
外にはほとんど人がおらず、粗末なチケット小屋の中にもピエロはいなかった。
そのままさも道に迷ったかのようにテントの裏手まで進んでいった。
テントの裏にはメインテントよりも二まわりほど小さなテントがあり、こちらは白一色の地味なものであった。
おそらくこちらのテントがスタッフ用のテントであろう。
まわりを見渡し人がいないのを確認すると、しゃがみこんで、テントの裾をわずかに持ち上げて中を覗き見た。
中はかなり暗く、わずかな光に照らされて熊やホワイトタイガーの檻があるのが見て取れた。
もう少し詳しく見ようと思ったときかすかな気配と足音が聞こえたような気がして、あわてて振り返った。
しかしまわりには誰もおらず、さっきと何も変わらぬ様子だ。
私は慎重を期す為に、改めて周りを見渡した。
と、その時頭上から低い男の声が聞こえた。
「お嬢さん、ここは立ち入り禁止です」
私は驚いたが、極めて冷静に道に迷ったいたいけな少女を演じようとした。
テントの布に身を寄せて、わざと声を震わせて言った。
「誰?すみません、私…」
すると、テントの屋根から一人のピエロが飛び降りてきた。
そのおどけた衣装と、不気味にも見える笑顔の貼りついた仮面。
ナイフ投げの名手、ピエロのバリアニコフであった。
私はせいぜい恐怖に怯える少女のように、身を縮めていた。
ピエロは私の顔を見るなり、何故か動きをピタリと止め微動だにしなかった。
私の顔を知っているのだろうか。エレーナが所属しているサーカスだけに可能性は否めない。
もしも私の正体をしっているのなら多少の危険は伴うが、ここで口を封じなければならない。
しかしバリアニコフは、搾り出すような声で私の想像を遥かに超える言葉を呟いた。
「まさか…プリシラ!」
To be continued
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